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集中販売促進講座【第1回】

施設長 内藤  晃

はじめに

 障害福祉支援は、科学のフロンティアであり日々試行錯誤と実験検証の連続である。臨床心理学、行動分析学、自閉症に関するTEACCH理論などさまざまな研究の成果を援用、活用しながら微々ではあっても前進が続く。同時に障害福祉支援は、困難の連続でもある。会議室ならぬ現場で展開される対人サービスは、職員個々のパーソナリティと顧客である障害者ご本人のパーソナリティとの関係性にその支援の効果が大きく依存するからである。
 このように職員の専門性が大きく求められる障害福祉支援の現場にあって、障害者の自立支援、とくに「経済的自立支援」に従事する職員に対して求められる専門性の一側面に「商売の成功と販売促進に関する系統的な知識・技術」がある。この「販促に関する知識・技術」の習得とその実施展開の必要を、上記「対人サービスの困難性」の名のもとにかすませてはならない。
 千葉県社会就労センター協議会が主催する「集中販促講座」(全2回構成であり初回は平成18年5月27日実施、第2回は8月5日実施予定)の講義録をここに紹介する。

勝ち戦~必ず売る

 この講座はこのような表題がつけられている。なぜなら販促は技術論であり、科学であるからである。すぐに学べて、すぐに結果が出せる。しかし結果を出すためには「行動」を起こさなければならない。その行動の一歩を踏み出せば「勝ち戦」となる。残念ながらというべきだが多くの福祉施設の職員はこの一歩を踏み出せないでいるからである。100人中99人までが一歩を踏み出せないでいるから、たった一歩でも踏み出しさえすれば勝てる。たった一段でも階段を上った者は誰よりも遠くを見渡せるし、誰よりも「二段目」に近づいていることになる。

販促には失敗がともなう

 販売促進のための手だてが、すべて成功するわけではない。プロ野球でも3割打者は一流である。つまり一流選手でさえ7割は失敗する。したがって(一歩を踏み出し)7割の失敗を覚悟できる人だけが3割打者になれるのである。または7割の失敗を認める組織だけがトップグループになれるともいえる。コツは、できるだけお金をかけずに販促を行うこと。
 一番の失敗は「売れない理由を探すこと」と考えよう。

商売の目的は「儲ける」

 お客様に喜んでいただくことが不可欠である。お客様の喜びのないお金儲けのことを「悪徳商法」という。またお金儲けをすることには、私たちが幸せになることのほかに「障害者が自立できる」という障害者支援に携わる私たちだけの最大の強みがある。この強みはほかの商人にはない。

消費・購買行動は「恋愛」と同じ

 「恋心」を理解することが大切。恋は理屈で始まるのではない。恋の始まりは「事故」である。だから「恋に落ちる」という。お客様が、商品やサービスに対して「恋に落ちる」ことが始まりである。つまりまずは「感情」が決定要因になり、あとからその感情を理屈で正当化しようとするのである。
 彼女(彼でも同じなので適宜置き換えて……)はまず彼を「好きになる」。次に好きになったことを正当化しようとする。彼にできることは、彼女が彼を「好きになる」ための手伝いではなく、彼女が彼を好きになった自分を「正当化する」手伝いだけなのである。
 相手のことを考えるとは、自分を見つめることである。自分を見つめられない人は相手のことを考えることができない、つまり知らず知らずのうちに相手を傷つけることにもなる。福祉施設の職員にとって「相手」とは障害者であり、消費者である。

まじめに働いても結果は出ない

 結果を出すためには「頭を使う」=「考える」ことが大切である。考えることをおっくうに思う人は「汗と根性とフットワークの良さ」を口にする。まじめさはたしかに必要ではあるが、まじめに働いてさえいればいつか花が咲くという考えは、罪である。なぜなら、とくに私たちの場合、考えることをおっくうがる姿勢が「障害者の就労」を遅らせるからである。
 結果を出すためには、正しい手順で正しい手だてを尽くす必要がある。やみくもに汗をかくだけではいけない。また「やみくもに汗をかくだけの人」を美談で称えてはいけない。障害者自立の前にあってはやはり罪であることを認識しよう。

商品力と販売力はともに必要なこと

 販促の技術を身につけるということは、すなわち「販売力を習得する・高める」ことである。商品やサービスの付加価値を価格以上に高めること(=商品力を高めること)と販売力を高めることは別のことである。商品力が高ければ自然に売れるようになるわけではない。商品力を高めることは必要なことであるが、それとは別に「販売力」を高めなければ売れるようにはならない。
 また商品やサービスには「ライフサイクル」がある。この見極めをつけることがマーケティングの本質である。自分が売りたいものではなくお客様が買いたいものを売ろうとしなければ売れない。

顧客は品質では選ばない

 商品やサービスの品質は使ってみなければ分からないので、上得意客を除けば、お客様は商品購入を決定する要因は「品質」ではない。むしろ「商品のイメージ(外見・POP・売り場・陳列)」である。したがって商品の「品質」をあげる努力以前に「イメージ」をあげる努力が求められるのである。10年も20年も売れ続ける「定番商品」はほんとうにまれであり、ほとんどの商品は、メッキがはげるまで(お客様が価格に見合う価値がないと気づくまで)の命である(したがって新商品はどの他店より早く売ることが成功のコツとなる)。
 「定番商品」を持つことができればこんな幸せなことはない。しかしそれを持つためにも企業は「新商品」を作り続けなければならない。売ることで収益を確保し企業そのものを維持しなければならないからである。維持できなければ社員が路頭に迷うことになる。
 したがって「新商品」を作り続けもせずに「いまある商品」の品質を信じ続けることもまた、障害者自立の前にあっては罪であることを認識しよう。

クレームは「期待との落差」で生じる

ということは「お客様の期待を下げる戦略」でクレーム発生をある程度コントロールすることができる。

安いから売れるのではない

 「売れない」という現実から逃れたいという気持ちは誰にもある。そこで何とか売るために安く売ろうという発想をしがちである。ところが「安さ」は品質の粗悪さをイメージさせることがある。「安物買いの銭失い」ということわざもある。
 自分の消費行動をよく考えてみれば、たんに「安い」から買っているのではないことに気づく。しかし販売者として、「売れない」という現実を前にしたとき、そこから逃れたい一心でつい「安く売る」ことにしがみついてしまう。
 そもそも「安く」売っていいのだろうか。福祉現場の職員には、たしかに障害者支援という本業があるから商品やサービスの原価に「職員の人件費」は含まれていない。このこと一つ考えても一般の商店より「安く売る」ことができる。しかし実のところ「安くしても売れていない」。多くの現場では既に安売りをしてしまっている。しかし売れていない。問題が価格以外のところにあると気づかなくてはならない。
 販売促進策をいろいろと講じるには費用がかかる。目の前にお客様を連れてくるにはそれなりの費用がかかる。そしてその費用は売上金で回収していかなければならない。商店主ならばさらに売上金から生活費を稼ぎ出さなければならない。一方、福祉現場の職員は自分自身の生活費の代わりに障害者に工賃を支払わなくてはならない。その支払われた工賃を基礎に障害者は自立していく。
 福祉現場の職員がほんとうに考えなければいけないことは「いかに高く売るか」である。障害者を一刻も早く自立させたいと考えるならば、できるだけ高く売らなければならない。ところが一般消費者のために安く売ろうとしている。「よい素材を使ってどこよりも安く」などと。いやそれだけならばまだいい、実のところは売れない現実から逃れるために安売りしている。
 安く売ることで割を食うのは職員ではない。障害者である。

安く売ることの罪

 だから、安く売ってはいけないのである。安く売るには知恵は必要ない。150円と書いてある値札の数字を消して120円と書けば誰でも安売りできる。
 ところが高く売るためには頭を使わなければならない。考えることをおっくうに感じる人は、高く売るための工夫、商品やサービスに付加価値をつけようとする工夫や試行錯誤を面倒くさがる。一般の商店主なら自分の怠けのしっぺ返しは自分に跳ね返る。福祉職員の怠けのしっぺ返しは障害者に跳ね返る。
 誤解を防ぐために繰り返すが、ここでいう「怠け」とは頭を使わないこと、である。日々額に汗して働きサービス残業に明け暮れる職員が現場にはたくさんいる。というよりもほとんどである。
 それでもあえていうならば、その汗は障害者の自立を妨げる汗になってしまう。
 目の前に支援を必要としている障害者がすべていなくなったら、つまり全員が自立し終えたら、その次こそ一般消費者のために「安売り」をしよう。この順序を間違えてはいけない。

価値>価格

 消費者は価格に比べて相対的に高い価値に「お買い得感」を見出す。価格は科学である。100円の商品は誰が購入するにしても100円を必要とする。ところが価値は宗教である。同じ商品でもその10倍の1000円を支払っても買いたいという人がいる一方で、たとえ半額の50円でも買わないという人がいる。「お買い得感」に訴えるならば、科学よりも宗教に着眼する必要がある。「価格の2%OFF」(科学の視点)よりも「50個に一つ無料」(宗教の視点)の方、「25%OFF」(科学の視点)よりも「3個購入すれば1つ無料」(宗教の視点)の方が「お買い得感」を得られる表現である。

商売に最も重要なこと

経営の目的とも、ビジネスの究極の目的とも言い換えることができるが、それは「お客様を増やすこと」「お客様を獲得すること」である。

なぜお客様を増やすことが大切か

 それは、お金を払うのはお客様だからである。「お金を払うお客様の数×払う金額=売上げ」商売人として重要な視点の一つは、いくら売れたか(販売という自分の行為の検証)ではなく、お客がいくら支払ったか(自分以外のお客様がする消費という行為の検証)に着目することである。

商売の基本の流れ

すべての商売は次の流れに集約される。
1. 見込み客を集める
2. 見込み客を既存客に変化させる(つまり成約させる)
3. 既存客を上得意客(固定客)に変化させる
 悪徳商法はこれとは異なり、たった一度の取引でお客様の人生が壊れるほどのことをする。

見込み客・既存客・固定客

 この違いを明確に説明できなければならない。それは習性が全く違うからである。
 見込み客・既存客の獲得行為は「投資」である。したがって見込み客が増えること、既存客が増えることで直ちに収益が上がることはない。収益は上得意客から得られる。
 悪徳商法には、上得意客はいない(一部には自分が騙されていることには気づかず継続的に取引をする気の毒な方がいるが)から、最初の取引ですべての収益を得ようとする。そしてたった一度の取引で十分な利益が得られるようなビジネスモデルを作っている。ここでいう十分な利益とは、次なる「カモ」を集めるための(つまり販売促進のための)費用を十分に含んでいるという意味である。
 見込み客・既存客獲得が「投資」ならば、上得意客が「回収」のための客層ということになる。
 もう答えは見えてきたのではないだろうか。固定客である上得意客を必要量確保できなければ、商売は成り立たない。そして販促の最終目標は「上得意客を増やすこと」である。
 ある日突然、上得意客が登場するのではない。上得意客になる前は既存客であり、その前は見込み客であり、そのまえは見ず知らずの人であった。
 既存客は上得意客に変化していただける客層である。見込み客は既存客に変化していただける客層である。ただこの変化は「祈り」では生じない。

「変化させる」しくみ

 お客様を変化させるには「しくみ」が必要である。見込み客を集めるには「工夫」が必要である。ただしこの工夫には二つのポイントがある。一つは見ず知らずの人を見込み客として集める工夫。もう一つは集まった見込み客を既存客に変化させる仕掛け。
 見ず知らずの人がお客様になるプロセスとお客様になったのち既存客から上得意客に成長していくプロセスをはじめにしっかりと計画しておかないと、せっかくイベントや広告で見ず知らずの人の中から可能性のある見込み客を集めても、その次の商売につながらない。
 福祉の世界でよく行われる「バザー」の最大の欠点はここにある。「バザー」でお買い上げいただいたお客様に次のお買い物をしていただくための仕掛けが欠落しているのである。

なかでも一番重要なこと

 見込み客を集めることが一番重要である。それはスタート地点だからである。階段でいうところの一段目である。一段目を上らないと二段目には届かない。というよりもむしろ、一段目に上らないと二段目が見えない、のである。
 見込み客(新規顧客)を集めることが一番難しい。それは「ニーズと価格と品質がよければ集客できる」のではないからである。
 お客様が集まるからその趨勢からニーズがつかめるようになり、ニーズが分かるから商品改良の方針が立ち、商品改良が進むから販売量が増え、売上が増えることで収益が上がるからここで初めて価格が下げられる。
 このスキルが一番必要になる。価格でも品質でもないこと、それは何か。

見込み客を集めるために必要なこと

 広告宣伝のスキルを身につけること。見ず知らずの人を見込み客に変化させるのに必要な技術は「広告宣伝」である。いかに安く見込み客を見つけるか、である。繰り返すが商品品質やサービスレベルではない。「広告宣伝」こそ原点・スタート地点である。
 見込み客とは、自分から行動をするお客様である。見ず知らずの人が、新聞折り込みのチラシを眺めただけでは見込み客になったとはいわない。自分から行動すること、すなわち電話をする、資料請求をする、来店するなど、なんらかの行動を自らすることで見ず知らずの人は見込み客に変わる。
 であるから、これらの行動をしたくなる仕掛けが「広告宣伝」の中に仕組まれている必要がある。

既存客に変化させるのに必要なこと

 すでに自ら何らかの行動をした見込み客であっても、見込み客というのは、まだ一度も買い物(取引・成約)をしていない。店内には入っても一度もレジに並んでいない。いわゆるウインドウショッピング客である。この見込み客に購入体験をさせる(つまり既存客に変化させる)のに必要な技術は接客である。購入を決心する直前までの十分な情報提供が商品に対する欲求を高め、購買意欲を高めるからである。見込み客になってから既存客に変化するまでの期間は商品やサービスの特性に大きく依存するものの、見込み客に何らかの情報提供をし続けなければ、購入には結びつかない。とくに購入後の安心につながる情報は有効である。
 恋愛にたとえるならば、彼女がメールアドレスや電話番号を教えてくれた(彼女が自ら何らかの行動をした)、しかしまだ一度もデートをしていない、彼女が最初のデートに踏み切るきっかけは何かを考えることが見込み客を既存客に変化させる技術と共通する。

上得意客に変化させるのに必要なこと

 初めてのデート。終盤にさしかかって考えることはただ一つ。「どうしたら次も会えるか」そのためにどうするか。一回目のデートのうちに二回目の約束をするか。デートが終わってからすぐに電話やメールをして二回目の約束を取り付けるか。
 このようなことをお店の中でやるとどうなるか。初めてデート。初めてのお買い上げ。その場でお礼の手紙やFAXができるように住所、電話番号やメールアドレスを聞くか。住所も電話番号も分からない人とどのように連絡をとったらよいのか。ほとんどのお店はこのような情報を集めようともしないのである。集めようとしているお店は、ただ教えてくださいといっても教えてくれないから、会員カード発行とかいろいろな工夫を凝らして二度目以降の約束を取り付ける努力をしているが、90%以上のお店はまったくこういうことをしていない。必要性が見えていない。だからステディな彼女ができない。上得意客ができない。
 お客様のニーズや商品の価格や品質とは、別の世界、別の次元での取り組みが必要なのである。

商品の顧客満足や品質の役割

 既存客を上得意客に変化させるために必要であり、かつ上得意客であり続けさせる(あり続けるからこそ上得意客であるが)ために必要なのが、商品品質、サービスレベル、CS(customer satisfaction)である。
 彼女が友だちに「何であんな男とずっとつきあっているの!?」と聞かれたときに、説明する中身は「彼の品質」である。ニーズや価格ではなく、重点は「品質」に移ってくる。品質に対する評価がすなわち彼を選択している彼女の「審美眼(あるいは選択のセンス)」の現れになるからである。外観でも価格でもなく品質の良い物を選択しているという「誇り」が上得意客であり続けるためには必要になる。
 この段階になってはじめて見た目でも年収でもない「人となり」「顧客満足」が試されるのである。
 上得意客か否かは「収益性」で判断する。上得意客を外に逃がさず、常に消費者であり続けていただくためのしくみとして「品質改善の取り組み」が重要になってくる。

広告の役割

 広告には、テレビ・ラジオのスポット、新聞・雑誌の広告、折り込みチラシ、看板などさまざまな方法がある。さまざまな方法があるということは、その効果や狙いには大きな幅があることになる。自店の狙いに合った方法を選択する必要がある。また広告予算は収支全体の中から算出さなければならない。
 ここでは「お客様が自ら何らかの行動を引き起こすきっかけになる広告」に着眼する。

広告へ反応をどう高めるか

 広告にお客様が安心できなければ、何らかの行動は引き起こさない。何も行動を引き起こさなければ広告の評価が得られないのでむなしくなる。チラシをまいても来店者数が変わらなければチラシの効果はない、という評価になる。しかし広告そのものにお客様を安心させられる何かがなければ、たとえ興味があってもお客様はおいそれと動いてくれない。その結果「そうか、価格が高いんだ!」「この地域にはそもそも住民が少ないんだ」「こういう素材や環境配慮に理解できる人はまだまだ少ないんだ」「もっと広告部数(広告回数)を増やさないとだめだ」……とどんどん「外れて」しまう。

安心はどのように

 安心して行動につながる広告とはどういうものか。いくつか着眼点がある。まず苦痛から逃れる視点をつたえること。つまり「危険がない・安心である」「売り込まれる危険がない」「買うリスクがない」ということである。もう一つは情報が少ないという不安から逃れる、すなわち必要な情報をできるだけ多く提供するということである。
 重要なのは広告の表現の工夫である。広告は「見込み客」を集めるための手段であるから、広告で伝えるべきことは商品そのものや商品の品質ではない。信じられないことかもしれないがお客様の反応は商品の品質ではなく広告の表現に依存するのである。
 また恋愛を例にひくが、まったく見ず知らずの相手から電話番号やメルアドを聞き出すには、自分が危険でないことをいかに伝えるかということである。つまりここでのポイントは「伝え方」である。自分の年収や職業(価格)や趣味やライフスタイル(ニーズ)をいきなり伝えられてもとまどうばかりである。順序とタイミングが重要である。

恋心は自分に気があると思われる人にしか向けない

 相手が自分を信頼して好きになるかどうか、電話番号やメルアドを教えてくれるかどうかは、こちらが相手に好意を持っていることが伝わらなければ実現しない。広告で相手にこちらの好意を伝えるにはどうするか、直接会うならば目と目を合わせてにっこりほほえむことができる。紙ベースのチラシや広告ではどのように表現すれば、こちらの笑顔が伝わるか。このような視点が重要になる。

広告の目的

 商品を売ることではない。つまり既存客をつくることではない。関心を持つ人を見つけること、つまり見込み客をみつけることである。関心を持つ人は自分から広告を見つける。
 たとえば仕事を探している人は毎週日曜日に新聞に折り込まれる求人チラシをすみからすみまで読む。経験者ならばこの気持ちを理解できるはずだ。広告のサイズを気にするだろうか。できるだけ大きい枠の求人情報を優先・重視するだろうか。一方で仕事を探していない人は、どんなに広告をカラーにしても紙の質をよくしても見ようともしない。
 だから関心を持つ人に安心できる商売のスタイルで十分な情報を伝えること。これがチラシ広告のポイントである。伝えたいことを書くではなくお客様が聞きたいことを書くことである。
 またすべての情報が広告の媒体に掲載しきれないならば、継続して情報を提供するしくみにつなぐ必要がある。

情報提供は何のため

 興味関心を抱いたお客様に十分な情報を提供するのだが、その情報はどのようなものでなければならないか。これは差し迫った必要性や抑えきれない欲求をつくる、つまりお客様の人生の中でいずれ訪れるであろう「悲劇」または過去に起こった「二度と繰り返したくない不幸」から逃れるための緊急不可避な情報である。
 たとえば、水と安全は普段は無料である。水と安全の確保にお金を使っていただくには、どのような情報を伝えたらよいか。どういう状況におかれたならば有料でも売れるようになるかは容易に考えつくであろう。そこでこれを水平展開するのである。他の商品やサービスに当てはめてみるのである。
 恋愛ならば相手の視点であなたが魅力的に、しかも頼もしく見えるようにすることである。あなたが彼女にとって緊急不可避の存在であることを伝えるにはどうすればよいか。このような視点で提供すべき情報の中身を検討する。あくまでも相手がどう感じるか、で決めていく。
 なぜ相手の立場が重要なのか。それはお客様が自分にしか興味をもたないからである。お客様は普段、商品のことなど全く考えない。だから売り手が商品のことを語っても伝わらないし耳に入らない。

お客様がその気になったとき

 彼女がその気になったとき!に応じないのは「会っていきなりホテル誘うより悪い」ことである。お客様が買う気になったときに、売り手の事情で売らないのは、買う気でないお客様に「買ってください」とお願いすることより商売・経営にとって悪いことである。

(つづく)


千葉県セルプ協主催「集中販促講座」受講者集合写真
平成18年5月27日 ホテル日航ウインズ成田にて