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第3章 成果の品質保証~すべての法人職員の使命に対する保証

3-1 人間性を高める挑戦への指針

 

 事業の成果の品質を保証する仕組みを追求しなければならない。ドラッカーはマネジメントの定義をその役割(tasks)から次のように示した(※38)

  1. 自らの組織に特有の目的と使命を果たす
    (the specific purpose and mission of the institution)
  2. 仕事を生産的なものとし、働く人たちに成果をあげさせる
    (making work productive and the worker achieving)
  3. 自らが社会に与えるインパクトを処理するとともに、社会的な貢献を行う
    (managing social impact and social responsibilities)

 仕事は、人を幸せにするものであるが、それは、自らの責任を果たし成果をあげ、そのことで組織や社会に貢献することによって自分の存在意義を感じるからである。仕事に取り組んだ結果が成果に結びつくことをどのように保証するかに対する光明会の現在の仮説は「仕事に従事する職員の人間性が高ければ仕事の成果は保証できる」というものである。この仮説に基づき以下第3章をまとめる。

(※38前掲『マネジメント 上』ダイヤモンド社 2008 pp42-43)

3-1-1 徳性(感謝して報恩行動をする習慣)

 豊かな人生を生きる最も有効な秘訣は「与える」ことである(※39)。自分の持っている卓越した長所は他人に悦びを与えるためにある。自分の役割は、自分の長所を活かした先に見えてくるから、豊かな人生とは自分の長所と役割とがつながった人生のことである。誰かに何かを与えると「もっと多く誰かに何かを与える能力と機会」が必ず自分に返ってくる。すなわち自分の役割が増すのである。
 そして、他のために尽くし与え続けることを「感謝の心で恩に報いること」と認識している人を「徳がある人」というのである。徳とは、報恩のことであり、人が追求すべき高い人間性の中心にある。そして徳がある生き方に挑戦する行動の習慣を身につけることが、周囲をよりよい人間に導くために不可欠である。ただ徳があるからといっても事業における短期的成果を保証するものではないから、それが事業の成果に貢献しないかに見えることがあろう。だからこそ事業遂行能力と徳とを重層的に求める組織においては、人と人とが励まし合い、助け合う風土が大切になる。
 法人創業者の理念を直接学ぶ「おざわ塾」は感謝を学ぶ道場の一つである。

(※39 「人生において欲しいものを手に入れるためには、手に入れたいと思うものを与える側にならなければならない。感動の多い人生を送りたければ、感動させてもらう側にいては、本当の感動の半分も手に入れたことにはならない。感動させる側になって初めて、真の感動を十二分に味わうことができるのだ。このことは感動に限った話ではない。たとえば勇気を手に入れたければ、それをくれる人やものを探し求める側ではなく、人に勇気を与える側に。何かを身につけたければ、それを教わる側ではなく、教える側に。人から認められたいのなら、認められるのを待つ側ではなく、認める側に。そして、人から愛されたければ、愛されるのを期待する側ではなく、愛を与える側にならなければ、本当の意味で欲しているものを手に入れることはできないのだ。多くの者はそれらを、どうやって手に入れるかということばかりを考えている。しかし、本当に手に入れたいものであればあるほど、どうやって人に与えるかを考えなければならないのだ。」前掲『賢者の書』pp204-205)

3-1-2 真摯さ

 事業の成果を上げ社会に貢献することに真摯な習慣を身につけている人が人間的にも信頼性をもち、人財育成にも力を発揮することになる(※40)。  信用を獲得する資格として不可欠な人格が「真摯さ」であるとも言えるであろう。信用が新しい価値指標になる(※41)。 至誠(真心を尽くすこと)、真摯さをもって働くことの結果、手にする報酬の中で至高の価値は、信用である。

(※40 「マネジメントの仕事は、体系的な分析の対象となる。マネジメントにできなければならないことは学ぶことができる。しかし学ぶことができない資質、後天的に獲得することのできない資質、はじめから身につけていなければならない資質が一つだけある。才能ではない。真摯さである」『マネジメント 中』ダイヤモンド社 2008 p30)

(※41 「お金を信用に両替することはできないが、信用をお金に両替することはできる」「まもなく、物質ではなく、サービスでもない、個人の信用そのものが売り物となる職業が世に出てくだろう」西野亮廣『革命のファンファーレ』幻冬舎 2017 pp262-263)

3-1-3 勤勉(生き様の原点)

 感謝と報恩の心で他のために主体的能動的に身も心も素直に捧げる行動の習慣は、勤勉(または勤労)と表現することができる。誰にもできることを誰にも出来ないほど徹底してやり続けることである。基本中の基本をやり続けることで本物の力がつく。
 勤勉こそ生き様の原点である。なぜならば苦労こそが成長と喜びの源泉となるからである。逆境や立ちはだかる大きな壁から学ぶ機会、すべての経験が人生を幸せに生きるために必要なものとなる。経験が多ければ多いほど負けない強さを身につけられる(※42)
 一生懸命勉強する姿は、人に勇気をもたらす。研究レポートへの取り組みやその発表もまた自分自身の学びにとどまらず、仲間や次代を担う人々への貢献となる。

(※42「何か新しいことに挑戦すると、まずは必ず失敗する。失敗すると、大人に怒られたり、責められたりする。もちろん子供にとって怒られるのはうれしいことではない。そうなると、怒られないようにするための手段は一つだけになる。それは、新しいことに挑戦することそのものをやめることだ。」「失敗の経験が少ない人はプライドが高くなる。そして、プライドが高い人間ほど「俺が失敗するわけにはいかない」と強く思うようになり、ますます挑戦する勇気をなくしていく」「挑戦する勇気を失った者は 、幸せな人生をも失ってしまう。」
「そもそも失敗なんてものは存在しない。挑戦したことによって手に入る経験はすべてが財産だということがわかる。たくさん失敗してもいいから、今までの自分にできなかったことにどんどん挑戦してもらいたい。普通の人が失敗と呼んでいる出来事こそが、人生に感動や感謝、新しい出会いといった、幸せな人生を送る上で必要なものすべてを運んでくれるんだ。」喜多川泰『上京物語 僕の人生を変えた父の5つの教え』ディスカバー21 2009 pp203-213)

3-1-4 克己

 西郷隆盛、大久保利通、大山巌、東郷平八郎、山本権兵衛、村田新八、西郷従道などは、薩摩藩加治屋町(現鹿児島市)のわずか200m四方のエリアに生まれ育った。
 これほどまでの偉人が群生した理由の一つに古来の文化伝統を濃縮した教育システム「郷中(ごじゅう)教育」を挙げることが出来よう。地域の年上の者が年下の者にともに暮らす地域で生き方を教える仕組みである。その教えとは、武士道の義を実践せよ、心身を鍛錬せよ、質実剛健たれなどからなる「価値観(※43)」であり、これこそが明治時代の偉人を生むベースとなったのである。当時の日本人はみなそのような素晴らしい価値観を持っていたのである。
 鹿児島市立甲南中の校庭には「三方限の碑」があり「負けるな 嘘を言うな 弱いものをいじめるな」と郷中教育の真髄が刻まれている。「負けるな」とは、自分の弱さに負けるなという意味である。克己(こっき 己にかつ)とは、自ら背負い、他人のせいにしない清々しい覚悟のことである。
 敵は自分であると認識できたときに自己愛が生まれる。「自分を大切にする」とは、今何をすべきか自分が一番よく知っている、その自分に嘘をつかないことである。これは自分を甘やかすどころか一番厳しく臨むことである。自分の使命・役割を大切にすることが、自分を大切にする真意である。
 他人を許し、他人に感じる理不尽を鏡に映して自分の至らなさを知ること、全てはここが出発点であり、自分の責任を全うすることが自分を愛することの正体であるから、克己が最高の自己愛の姿である。
 責任を負い、常に自戒する姿勢の中に「美」「粋」は存在する。

(※43「身分制により生まれながらに武士であれば「どのような武士になるか」「どのような人間になるか」が問われる。それが武士道である。何になるか(職業)よりどんな人間になるかの方がはるかに重要。例えばあらゆる人から好かれ、慕われ、尊敬される人となるということを人生の目標にするほうが大きな意味がある。」前掲『賢者の書』pp99-104)

3-1-5 時を守り 場を浄め 礼を正す

 「人間は実行しない限り真に知ったとはいえない」という真理は明の王陽明の教えであるが、我が国において陽明学は江戸時代の中江藤樹先生によって開かれた。教育者である森信三先生は人間成長の根本を「行学不二」と示し実践した。森先生はまた再建の三大原理が「時を守り、場を清め、礼を正す」であることを説かれた。人間性を高める挑戦における一燈である。

 仕事をするときは、自分以外の人たちが自分よりも楽にできるように心掛けよう。後工程(あとこうてい)に配慮しよう。
 「後工程はお客様」。本来の意味は「自分たちの仕事の後工程を確認し、最終のお客様にどのような影響をおよぼしているかを配慮して後工程の満足度を高めていくこと」だが「同じ組織の中でも、自分の仕事の続きを担当する人をお客様と思って対応しよう」という解釈もある。自分が遂行している仕事の後工程は誰かを考えないことを「後始末ができない」という。また「不始末」ともいう。
 常に自分以外の人がもっと楽になるように、と気配りをすれば「玄関では(自分の靴は当然のことだが)他人の靴を揃える」「どの駐車場でも一番遠くに停める」「電車やバスでは座らない」「道は譲る」などという美しい行動がとれる。仕事ならば「次にする人が自分より早く楽にできるように整えておく」「自分と同じ苦労はしなくてもよいようにする」「自分を踏み台にしてもっと高くジャンプしてもらう」という行動がとれる。これが自分以外の人をモノとしてではなく人として見る行動である。と同時にそれが礼儀正しさでもある。礼儀正しさと優しさ、後工程への心配りは人との縁を大切にし、永続させるために不可欠なものである。

 自分の心に原始的に発生する「人としての優しさ」が自発的・能動的サービスの原点である。しかしながらその自分の思いに自ら背いてしまうことで人は現状の自分を肯定し、他者を批判するようになる。自分の原初の思いに正直に、その思いにしたがって行動する勇気を大切にしよう。(※44)
 相手をモノとしてではなく人として見る姿勢を常に持とう。モノは「便利なモノ、邪魔なモノ、無関心・無関係なモノ」の3つである。モノとして見れば、相手はモノとして見られていることを瞬時に察する。そして表面上の言葉や表情に関わらず「優しさ」を感じない。むしろ不安、不信、不満を感じる。
 だから相手をびっくりするほど喜ばせる行動をしよう。

(※44 自分の原初の思い(惻隠の情(忍びざるの心)思いやり)に自己裏切りしないという教えは「自分の小さな箱から脱出する方法」により効果的に学ぶことができる。

  • ・他の人が感じ取るものは見える行動よりも心の奥に抱く感情であり、いくら外見上正しい行動をしても、相手に与える影響は、心の奥深くにある感情による。→外面的な「行動」ではなく、内面的な「心の感情」が相手に瞬時に伝わる
  • 自分の心の持ち方には二通りある
    (1)人を人として見る思いやりの心(外向き思考):その人の心配事、望み、要求や恐れに対して思いやりが出てくる
    (2)人を物としてみる抵抗心(内向き思考):現状や事実が見えなくなる。見えたとしても自分ほどの価値のない下等なものに見える(人を物として見るとは①人を便利な物として見る、②人を邪魔な物として見る、③人を無関係な物として見ることである)
  • ・自己裏切り(自己欺瞞)とは他人に対して心ですべきだと思ったことに背く行為であり、自分を裏切ると、抵抗心が生まれ、自己裏切りを正当化するようになる(この状態を「箱に入っている」という)。

参考図書:アービンジャー・インスティチュート著
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』大和書房2006
『2日で人生が変わる「箱」の法則 決定版』祥伝社2017
『日常の小さなイライラから解放される「箱」の法則』PHP研究所2014
『管理しない会社がうまくいくワケ』大和書房 2017)

3-1-6 絜矩之道 無財七施

 周時代の曽子の作と言われる『大学』は、中江藤樹先生が11歳の時に「天子よりもって庶人に至るまで、壱是(いっし)に皆身を修むるをもって本と為す」の一句(自らの徳性を高める修身こそすべての基本であるということ)に触れて聖賢の道を歩むきっかけとなった。二宮金次郎が薪を背負い歩きながら読んだのもこの『大学』である。
 自分の感じ方を尺度として,人の心を知る道徳上の道を絜矩之道(けっくのみち)(※45)という。お客様対応の原点として「優しさと気配り」と「緊張感」を持とう。自分にしてほしいことをサービスし、自分がしてほしくないと思うことは決してしてはならない。そして「顧客の家族」「支援専門職としての仲間や後輩、上司」「自分の家族」に胸を張って見せられるような礼儀正しい対応をしよう。

 行動の習慣化のためには、自己投資の資金が不可欠というわけではない(※15)。「無財七施(むざいしちせ)」(※46)の教えは、お金がない人でもできることがあること、お金がないことを言い訳にしないことの大切さに気づかせてくれる。人間は、生きているだけで財産があるという仏教の教えである。「思いやり」を人に与えることは、自分の人間性を高めることになる。

(※45「上に悪むところをもって下に使うなかれ。下に悪むところをもって上に事うるなかれ。前に悪むところをもって後ろに先んずるなかれ。後ろに悪むところをもって前に従うなかれ。右に悪むところをもって左に交わるなかれ。左に悪むところをもって右に交わるなかれ。此れをこれ絜矩之道という」(大学 伝十章))

(※46 無財七施)
1眼 施 がんせ 慈しみに満ちた優しいまなざしで接し、 目線で思いやりを伝えること。
2和顔施 わげんせ いつもなごやかで穏やかな顔つきで、優しい笑顔で人に接すること。
3愛語施 あいごせ 心からの優しく思いやりのある言葉を口にすること。
4身 施 しんせ 自分の身体を使って、他の人のためになる行動を進んで行うこと。
5心 施 しんせ 思いやりのある心を持ち、相手の喜びや、悲しみや痛みを共有すること。
「ありがとう」「すみません」など感謝の言葉を口にすること。
6牀座施 しょうざせ 自分が疲れていても、他人に場所や席を譲ること。
7房舎施 ぼうしゃせ 訪ねてくる人を家に入れてもてなし労をねぎらうこと。
自分が濡れても、相手に傘を差す思いやりのこと。

3-1-7 大学の八条目

 「格物 致知 誠意 正心 修身 斉家 治国 平天下」が『大学』の八条目(※47)である。
 個人の修養から天下国家の平定までがつながる。自己練磨は天下の政治につながるととらえるのが「修身」である。天下国家を治めるには、根本は格物致知(知識を得て道理を極める)ことから始まる、とした。(王陽明は、『大学』を弟子教育の基本テキストとしたが、知識を得ても実行しない限り知ったことにはならない、と「知行合一」を説いたのは、3-1-5項で触れたとおり)

(※47「物を格(ただ)して后(のち)知至る。知至りて后意(こころばせ)誠なり。意誠にして后心正し。心正しくして后身修まる。身修まりて后家齊(ととの)う。家齊いて后国治まる。国治まりて后天下平らかなり」(大学 経一章))

3-1-8 素直

 船井総合研究所の創設者船井幸雄は「素直・プラス発想・学び好き」が一流の条件であると説いた。人間は自分の経験や手にした限られた情報で価値判断をするので、目の前に起こった事実を自分の都合で曲げてしまうものである。しかし誰もが「自分は正しい」と信じ込むものである(※48)から、あえて「自分は間違っているかもしれない」という視点をもつことが重要である。これが何でもまず受け容れる「素直」さが人間性の高い一流の条件の一番目にある理由である。したがって平の素直の定義(※49)は、自らの価値判断なしで行わなければならない。

(※48「私が君に教えたのは、人間には無限の可能性があるのはなぜかという理由であり、宇宙を創造した大いなる力が、我々人間を生み、そのひとり一人の中に自らと同じ大いなる力、つまり心を与えたというひとつの事実だ。そしてもうひとつ。宇宙を創った大いなる力と同じように、私たちひとり一人の持つ大いなる力、つまり心も、世の中に新しいものを創り出す能力があるということだ」前掲『賢者の書』p72)

(※49「素直とは、誰の言うことでもきちんと聞くことではなく、人の優れた点を認め、自分の非を認めることである。」平光雄『子どもたちが身を乗り出して聞く道徳の話』致知出版社 2014 pp34-35)

3-2 職業人としての立志

3-2-1 職業即天職観

 1-4項で紹介したように、森信三は「職業こそはわれわれ人間が、「生」をこの地上に享けた意義を実現するために不可避の道」「職業をもって、己が天賦の使命を発揮し実現せんがために「天」より与えられたものと考える時、われわれは自己の職業のためには、あらゆる努力と研究を要することを、骨髄に徹して知りうる」(※5)という。
 自分の使命と組織の使命を共存させるのが「職業即天職観」である。働いている時、自分はそこにいる。そこにいると感じられないのは、他から認められていないからであるが、それは「仕事」をせずに「作業」をしているに過ぎないからである。他への関わりを必要としない「作業」状態にあるのに仕事をしていると思い込んではならない。一人ひとり法人職員の幸せは天職を全うする現在の職場の中にこそある。天職とは、職業を手段として理解し、人生の目的を見失わずに、今の行動目標に一つ一つ取り組む状態を示すのである。
 先人への感謝と報恩の行動が「働く」ということであるが、働いた結果得られるものは、お金だけでなく、経験・キャリア、知識・技術・技能、情報、ひらめき、資格、信頼・信用・人望・称賛、人脈、責任感・貢献感、生き様、人生に仕事がある喜び等である。同僚からの妬み、無視・冷笑もまたある。  そして、働いた結果人に与えられるものは、報恩(恩に報いる)の尊さ、うれしいという喜び、ありがたいという感謝、助かるという気持ち、感動の元気・エネルギー等である。
 天職にあるときにおいてのみ「働いて手にするものとは」「働いて与えられるものとは」という問いに対する正しい報酬観を導くことができるのである。

3-2-2 知識労働者

 すべて法人職員は指示・命令に従属するマニュアル労働者ではなく、知識を武器として働く「知識労働者」(※50)になろう。知識とは、本やインターネットやマスメディアから得られる情報のことではない。知識とは「情報を仕事や成果に結びつける能力」である(※51)。この知識をお客様の価値に置き換えることが事業である。事業の「知行合一」である。お客様の価値を知り、それを満たす成果のために行動する人(社会の一器官である組織に貢献できる人)が知識労働者である。

深化の
レベル
能力 意識 状態の説明
かけ算九九 あらゆる支援の場面
無し 無し 分からない 支援の必要性が分からない
無し 有り 6×6=36 ということは分かる 必要性に気づくものの、支援方法が分からないので他のスタッフの真似をしながら支援をする
有り 有り 「六六三十六」と暗記する過程 支援のトレーニングを積み重ねて習得する過程。行動を完全にはマスターできていない
有り 無し 無意識で「六六三十六」と言える 支援方法が行動の習慣となって苦もなくできる
何も参照することなく完璧にできる

 上の表に示すように「6×6=36」とは情報である。「六六三十六」と無意識に口をついて出るようになった状態を知識という。「知識労働者」とは支援の必要性に気づいているレベルをいうのではない。それは上表のレベル2に過ぎない。支援が無意識でできるようになるレベル4に達したとき初めて「知識を得た」と言えるのであり、法人職員はこの状態でなければならない。あらゆる支援の場面においてこの状態を目指そう。この状態にあること(すなわち行動の習慣が身についていること)を「組織の成果に貢献している」というのである。「成果」とはこの貢献をいうのであるから、レベル1からレベル3の状態に留まるうちは十分な「成果に貢献できていない」ことを自覚し、そこから脱する挑戦をしよう。
 またこのような知識を「実践知」という。自転車に乗ること、水泳やスキー、楽器演奏と同様に、最初からはできないが、身につけるためのサポート手段(自転車では補助輪)が存在し、かつ有効である。「習うより慣れろ」であり、補助輪を外すときがいつか来る。なぜ自転車に乗れるようになったかの説明はできなくても乗れるようになる。一度補助輪なしで乗れるようになれば、二度と必要なくなる。実践して初めて身につくのが「実践知」であるから「知行合一」が不可欠なのである(※52)

(※50 知識労働者……ピーター・ドラッカーは『断絶の時代』(1969)の中でマニュアルワーカーとナレッジワーカー(肉体労働者と知識労働者)という用語を初めて用いた。この項は、佐藤等『実践するドラッカー[思考編]』ダイヤモンド社 2010 『実践するドラッカー[行動編]』ダイヤモンド社 2010 を参照した)

(※50 「知識は、本の中にはない。本の中にあるものは情報である。知識とは、それらの情報を仕事や成果に結びつける能力である。そして知識は、人間、すなわちその頭脳と技能のうちにのみ存在する」「知識は、事業の外部、すなわち顧客、市場、最終用途に貢献して、初めて有効となる」ドラッカー『新訳 創造する経営者』ダイヤモンド社1995 pp155-156)

(※52「知が現実より遊離する危険を多くはらむが故である。もちろん知の本来すなわち真知の立場にたてば、かかる現実遊離の知は、いまだ知の抽象態であって、幻影知に過ぎないが、普通に知の名を以って呼ばれ、かつ知と考えられているものの多くは、知行一体としての真知ではなくて、現実遊離態としての幻影知の場合が多い」森信三『哲学叙説』致知出版社 2015 p253)

3-2-3 強みを活かす

 一人ひとりの法人職員の顔やそれぞれの「強み」や仕事にかける志や気概、すなわち職員の最高の力が見える施設・事業所経営を光明会は目指す。
 職員の力とは「自発的」「能動的」に仕事に取り組む力を意味する。しかし誰もが自分の「強み」を理解しているわけではない。そこで「ストレングス・ファインダー(※53)」を通じて個々の法人職員の強みを見出し、活かすこととする。一人ひとりが異なっている多様性こそが組織の強みの源泉であり、「ストレングス・ファインダー」によって多様性が明確になる(この強みは、その影に隠れた弱みに出来ない理由を求めるためのものではなく、強みですら、変化の可能性が大きくあるとする「しなやかマインドセット」(※9)を前提にしなければならない)。
 他に尽くし与え続ける行動は、個々の「強み」が他人とは異なるように、法人職員が習慣化を目指す行動はすべて異なる。人間性を高める挑戦の具体的な内容はすべて自分で決めなければならない。
 したがって法人職員の貢献への評価は行動の内容そのものではなく自ら行動を選択・決定する動機に置かれる。互いに長所を認め合い、発見し続けてはじめて様々な能力のある人々の多様で幅の広い長所を見出し引き出すことができるのであるから、法人職員が助け合い励まし合う姿に大切な価値がある。

(※53 ストレングス・ファインダー:マーカス・バッキンガム ドナルド・クリフトン『さあ、才能に目覚めよう』日本経済新聞出版社 2001で紹介されている人それぞれの強みを34の資質から分析する方法。その目的は、その人の弱い部分の成長を図るダメージコントロールではなく、成長の可能性を最も多く秘めているのは、一番の強みを持っている部分であるから、その「ちがいを活かす」という前提に立ち、組織に「強み革命」を引き起こすことにある。 トム・ラス『さあ、才能に目覚めよう 新版』(原題 Strengths Finder 2.0)日本経済新聞出版社 2017)

3-3 職業人としての行動規範 (社会人としてとるべき行動・あるべき姿)

3-3-1 人生の美しい流儀

 心を磨くことが人生の美しい流儀である。掃除で心を磨く。松下幸之助は、掃除は仕事と同じと教えた。商人として場を浄める修行を極めた中から得た真理である。一流の仕事は緊張感のない漠然とした場や生き方の中からは生まれない。周囲の誰もが「もうこれで十分だ」と満足する中でいかに不満足を感じられるか。そして妥協せず改良し続けるか。わずかな改良点を見逃さずに真摯に取り組むことが「人のために真剣に時間をかけて丹念に尽くすプロセス」である。これに気づく力は、立ち居振る舞いを磨き、一心に掃除をする中で育つ。「美しい」とはこういうことだと共有するために師匠は弟子に仕事のやり方(マニュアル)ではなく立ち居振る舞いを見せるのである。これは弟子の方から見れば、師匠の背を見て学ぶ(子は親の背を見て育つ)ことになる。
 掃除を疎かにすることは、細かなことに不満足を感じる目(わずかな改良点に気づく目)を失うことである。服装のわずかな乱れや汚れに気づかない人は、人の痛みに気づけないし、人によくしてあげたいという思いが生まれない。だから身を清め、生き方を整えるのである。
 仲が悪く、汚れている職場で事故が起こる。トイレや壁の汚れを磨くことは、自分の心を、そしてお客様の心を磨くことになる。魂の汚れが、外見の乱れや生活環境の汚れに現れる。汚れ落とし、清潔に取り組むのは、清廉な魂、美しく平安な心を取り戻すことである。常に一番汚れているところに手をつけよう。また掃除道具の掃除もまた感謝を込めて徹底しよう。これが「困難な道を選ぶ」の実践の一つである(※54)
 また「真壁授産学園」の清掃の取組を真似る。いい人生を送るために掃除を大切にする支援実践の先達である。(2-4-4項)
 自分の心の中に生まれた熱い情熱、やる気も磨き続けなければならない。心にも埃がかぶるのである(※55)

(※54「いやだな、つらいなと思っても、やらなければならないことがある。その、いわば「修行」を捨ててしまうのは、みずから「宝」を捨てることになる」松下幸之助『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』PHP研究所 2009 p83)

(※55「部屋をきれいに掃除しても、次の日にはすでに埃をかぶってしまっている。頭の中も、やる気になって掃除したばかりのピカピカの部屋と同じ状態でも一日たてば、自分でも気がつかないうちに少し埃をかぶっています。何もしないまま一ヶ月も放置すると、あのときのやる気はどこにいったんだろうと自分のことがいやになってしまうほど、元に戻ってしまうのです」「最良の方法は”掃除を習慣化する”ことです。本を読みそれに対する自分の意見を書く、という作業を習慣化することです。もう一つ、それは常に動き続けること。「慣性の法則」を知っていますか。初めから止まっているものを動かそうと思うと大きな力が必要です。逆に初めから動いているものは、同じ速さでずっと運動し続けようとします。動き続けているものに埃がかぶることはないのです」前掲『手紙屋~僕の就職活動を変えた十通の手紙~』pp204-211)

3-3-2 5Sの徹底と陰徳

 5S(※56)の徹底は経営者・管理者の使命である。率先垂範する。5Sは報恩の表現行動である。
 よい人間性への挑戦は「陰徳を積む」必要がある。陰徳とは、人に知られないようにひそかにする善行のことである。人に知られなくとも自分は知っていることだから、自分で自分の美意識を高めなくてはならない。「自分たるもの、このようなみっともないことはしない」「義を見て為ざるは勇無きなり(人として行うべき正義と知りながらそれをしないことは、勇気が無いのと同じことである 論語)」と心に唱えながら自らの誇りに賭けて行動をしよう。行動した後の爽やかな気持ちは何事にも代えがたい。

(※56 5S自体による効果は職場環境の美化、従業員のモラル向上などが挙げられる。5Sの徹底により得られる間接的な効果として、業務の効率化、不具合流出の未然防止、職場の安全性向上などが挙げられる。これは、整理整頓により職場をよく見るようになり、問題点などの顕在化が進むためであるとされる。日本で生まれた概念だが、日本国外で用いられることもあり、「ファイブ・エス (five S)」という。定義は次のとおり)

S 定    義
整理 必要な物と不要な物を分け、不要な物を捨てること
整頓 必要な物がすぐに取り出せるように置き場所、置き方を決め、表示を確実に行う。
清掃 掃除をしてゴミ、汚れのないきれいな状態にすると同時に細部まで点検すること
清潔 整理・整頓・清掃を徹底して実行し、汚れのないきれいな状態を維持すること
習慣化 決められたルールを守り、手順正しく実行できるよう習慣づけること

(https://ja.wikipedia.org/wiki/5S 参照・引用者一部改変)

3-3-3 忍耐心

 本来、肝要なことは手間がかかって面倒だから、それをやり抜く忍耐心が大切である。(※57)
 手業(手間をかけること)を大切なことと受け容れて、弱音を人より先に口にせず行動する忍耐心は行動規範の一つである。(※58)

(※57 イエローハット創業者で、日本を美しくする会相談役の鍵山秀三郎氏は「リーダーに最も必要なのは、忍耐心です。忍耐心を培うには、肉体を鍛えるのと同じで、時間を要します。自分にとって不都合なこと、面倒くさいこと、手間のかかることを、一つずつ丹念にやっていく。そうすることで、忍耐心は着実に培われていくのです。本来、肝要なことを行うのは、手間がかかって面倒なのです。ですから、面倒を理由に行動を起こさない人は、大事なことをしていない人だと言えます」という。(中田宏、鍵山秀三郎『結果を出すリーダーしか知らない20の方法』遊タイム出版 2013 P14))

(※58 感情は言葉に引きずられるから「そう思うからそう言う」という癖をつけてしまっては、自分の吐く言葉で自分の行動が鈍る。そこで「泣き言・愚痴は人より後に言う」を旨に忍耐力を育むことが肝要である。(前掲『子どもたちが身を乗り出して聞く道徳の話』pp121-122))

3-3-4 即行動の習慣と「技術者の三魂」

 S・Yワークスの佐藤芳直氏は「即行動(タイミングを計らないことが「損得勘定より善悪で判断する」の主旨である)を提唱し、動機がプロセスの精度を高める」と言う。「仕事の動機とは、自ら困難を選び自らを成長させることであるが、動機は仕事の成果から評価することはできない」とも言う。
 人間性を高める挑戦の具体的な内容はすべて自分で決めることになるが、決めるにあたっては、自らが最高のサービスを受けて感動する体験を積み重ねることが必要である。自分が感動した体験があるから、同様の感動を提供したいという想いが生まれる。これは東京ディズニーリゾートの最高のサービスを生み出す優れた手法としても多く紹介されている。
 また人間の無意識領域(潜在意識)にどのような情報を届けるかによって人間の行動は決まる。無意識領域に届ける情報を自分でコントロールし、正しい課題設定をするために必要な情報選択をしよう。そのために仕事中に不満を口にしないこと。不満(マイナス情報)を他人の耳に入れてはならない。同時にマイナス情報を他人から強制的に耳に入れられないようにしよう。仕事の不平不満(具体的には他人批判という形で現れる)を発言する仲間に対しては「何か手伝えることはありますか」と手を差し伸べよう。そして感謝の言葉を忘れずに相手に伝えよう。
 感動体験を求めること、自分にとって必要な情報を選ぶことで即行動の習慣化に弾みがつく。

 また佐藤氏の示す「技術者として身につけるべき三魂」は、行動規範の一つである。

  1. ①他人より困難な道を進んで選ぶ。
     周囲と同じことをしていては同じレベルの成果しか望めない。努力の出し惜しみはやめよう。これは、鍵山氏のいう「忍耐心」と通ずる。現場で採りうる支援に複数の道を見つけ、その中から進んで困難な道を選ぼう。(※59)楽をしたい、損をしたくない、得をしたいという思いや行動は人間として美しくない。
  2. ②卑怯な振る舞いをしてはならない。
     成否を問わず善を為す気概が求められる。会津藩の什の掟(※60)にある「卑怯な振る舞いをするな」の「卑怯」とは、義(人として当然なすべきこと)を見て行動をすぐにしないことをいう。すぐにするとはその行動の成否(うまくいくかどうか、評価されるかどうか)を計らないことである。損得勘定ではなく善悪で瞬時に判断して即行動する覚悟を決めよう。
     自分のことを棚に上げていい条件が一つある、それは「すぐに行動するとき」である。自分ができていないことであってもそれを自覚してさらに則行動する(卑怯でなく惻隠の情がある)ならば、それを棚に上げて仲間と切磋琢磨してもそれは大いに歓迎されるべきことであり、責められることはない。
     他人への思いやりがなければ正しい判断や行動はできない。ドラッカーは「プロフェッショナルにとっての最大の責任は「知りながら害をなすな」であり、マネジメントの人間は、自らの組織と社会の共通の善の双方のために働くべき存在としてその行動の基準たる倫理においては、公的な存在でなければならない」という。(※61)
  3. ③他人を待たず他人のせいにせず、自ら進んで行動する。
     他者の行動を待つことなく自らの責任のもとに行動をする自発が求められる。「誰もやらないからこそ自分がやる」という意志が0から1を生み出すものである。
     自分の思いや願いが他人のそれよりも優先するとは思わないこと。自分を被害者とは考えずにむしろ加害者ではないかと常に自戒(「うかつ謝り」(※62))しよう。ゴミが落ちていたらそれに最初に気づけた自分が拾うこと。誰の役割かを考えるのではなく、誰がしていなくても自分がすること。それは他人のためにではなく自分にとっての必要な修行なのである。「誰かのためにしてあげている」という意識は美しくない。自分がやるべきことであると思い込めること、させていただけることに感謝できることが「徳性」なのである。

 これら三魂の資質『楽をするな 先送りするな 他人(ひと)任せにするな』が人間としての美しい生き方の要素であるから行動規範とする。これらの資質を備えた法人職員がサービスを提供するならば、そのサービスは質的に保証できる。

(※59「人間各々の価値は、その人が熱心に追い求める対象の価値に等しい」(M.アウレリウス))

(※60 什(じゅう)は会津藩における藩士の子弟を教育する組織。同様の組織に薩摩藩の「郷中」がある。藩士の子10人前後で集まり、そのうちの年長者が什長となる。毎日什の仲間の家に集まり、什長が7つの掟に背いた者がいなかったかどうかの確認をした。
 一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
 一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
 一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
 一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
 一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
 一、戸外で物を食べてはなりませぬ
 一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ ならぬことはならぬものです)

(※61 前掲「マネジメント 上」pp.430-437)

(※62 たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、足を踏んだ人が謝るのが当然であるようだが「すみません、(踏まれるのが当然な人混みで足を出していた自分が悪いので)こちらがうかつでした」と踏まれた方が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つことが「うかつ謝り」である。踏まれてそこで腹を立ててしまうのは野暮なことであり「一歩引いて、自分に非をもつ」のが粋(いき)なのである。)

3-3-5寸陰を惜しむ(※63、※64、※65)(忙しいことを言い訳にしない)

 職業人としての行動において、その行動をとりにくくするかのような事象が多く発生するものである。しかしそれはその行動を成功に導くための出来事が目の前に現れたと考えよう。困難こそ成功への必要条件である。職務に真摯に取り組めば取り組むほど、そして手業(手間をかけること)を求めれば求めるほど時間がなくなる。人に与えられた時間は誰しも同じである。であるからこそ、わずかな時間を大切にすることが必要になる。まとまった時間が与えられることを待ってはならないし、忙しいことを言い訳にしてはならない。等しくすべての者に分け与えられているものである財産(時間、人生)を投資しよう(※66)

(※63「古人寸陰を惜しむ」陶淵明365-427雑詩其五 若いときは夢や理想を持っていたが、歳月を重ねるにつれて夢や理想が失われ、体力も気力も衰えて老いていく。昔の人は寸陰を惜しんで夢や理想を実現させたのに。 (http://tao.hix05.com/zatshushi/zatsu05.kojin.htmlより引用))

(※64「学道の人、寸陰を惜しむべし」道元禅師1200-1253正法眼蔵随聞記 「人の一生は露のごとく消え易い。日時は速やかに過ぎ去る。ひと時も無駄にせずに志の実現に意を注ぐべきである。余分なことと関わりを持つべきでない。ただひたすらに学道の道を志すべきである。この頃の人は、父母の恩愛を捨てられない。主君の命に背けない。妻子や家族と離れられない。家族の生計が心配である。世間の人から非難される。貧しくて出家のための道具が準備できない。更に自分は非器(能力不足)で学問修行に耐えられないという。いろいろな言い訳をして学道の志を実現しない。世間並みの金と色の貪りに埋もれ、一生を台なしにし、棺桶に入る直前になって後悔する」
(http://www.ohara.ac.jp/greening/meiku/meiku52.htmlより引用))

(※65「寸陰を惜しんでやっておると、その寸陰が、長い時間と同じ、あるいはそれ以上の値打ちを生じてくる。」「精神を集中し、寸陰を積んでこれを錬磨すると、非常な感覚力を生ずるものです。」(安岡正篤「青年の大成」致知出版社 2002 pp127-128))

(※66「投資とは、自ら持つ財産を今は使えないものに換えて、将来大きく価値が上がるのを待つこと。お金を使ってする投資はギャンブル。貴重な時間はお金を稼ぐためには使わず、投資に使う」「働いた時間をすべてお金に換えるような働き方はその場で財産を別のものに換えて受け取っているから投資ではない。働いても、その場でお金に換えるためでなければ、投資になるし、そういう働き方は尊い。お金のためでないとは「無償で働け」ということではなく、この上ない投資をしていることになる。一日8時間で生きていくのに必要なお金は稼げる。生きるためのお金を手にしたらあと2時間はお金のためでなく働く。このとき得られるものは経験」前掲『賢者の書』pp127-137
「5時間のバイトをすれば5千円の金を満たすのみ。5時間読書をすれば今後5千円以上の価値になる。お金で買えるものの代価はお金。成功の代価はお金ではない(代価は時間の投資)。お金は万能の代価ではなく、事柄を達成するのに相応しい代価の姿がある。代価の姿を正しくし、求めるものとの釣り合いをとる必要がある。財産とは時間だけでなくもっとたくさんある。前掲『上京物語 僕の人生を変えた父の5つの教え』pp172-176)

3-3-6 職務遂行上の行動指針5則

(1)潔さ
 すべての職務の中で、成果が生まれない理由を他者のせいにせず、自らの責任と認識し、一歩でも成果に近づいたことを実感できる行動をしなければならない。現在の状況の原因を問い詰めるのではなく、自らの使命は「誰のためか」「何のためか」を考えよう。見たくないところにこそ目を向ける勇気を持とう。
[第七の賢者「他人を幸せにする道が幸福」p159 第八の賢者「自分の言葉・思考で自分を導く」p178 最後の賢者「与える側に立つ」p204(※67)

(2)真似る(学ぶ)
 先輩を超えるためにとことん先輩を真似て先輩に学ぼう。それは先輩以上のものを後輩に受け継ぐためである。誰よりも困難に会い、誰にもまして超えてきたものが価値を生む。価値とは苦難を乗り越えた経験の中にある。
 自分にない思考の視点レベルを手に入れよう。二者択一という狭小な選択を超越したバランスのとれた第3の道を発見しよう。
[第一の賢者「行動する」p45(※67)

(3)無から有を生む
 無から有を生み出すことへ挑戦しよう。障害福祉サービスの現場では常によりよいサービスを創造し続けるフロンティア精神が必要である。未来に向けて、種を蒔き続ける情熱で無から有を生み出そう。何もせずに経験を手にすることはできない。今この時に、種を蒔かなければどのような目標であっても達成されない。
 (自分が蒔いた種は自分で刈り取る/自分が蒔いた種しか刈り取れない)
[第二の賢者「可能性・心(魂)の無限性に気づく」p75(※67)

(4)完璧(最高水準)を目指す
 常に完璧を目指し続けよう。目指す山は高くなければならない。まずは日本一の人を見つけ、それを徹底的に研究し、模倣し、いつかはそれを超えるために不断の工夫と努力を積み重ねよう。
[第三の賢者「自尊心と他尊心とのバランス」p92 第四の賢者「自分の理想とする人間像を追求する」p107 最後の賢者「毎日を誕生日とする」p206(※67)

(5)美しさ
 対人サービスは、やり直しや取り消しがきかない真剣勝負である。常に一回きりのサービス提供であるからこそそこには「美しさ」が求められる。 [第五の賢者「今日一日の行動に集中する」p123 第六の賢者「時間・人生を浪費せず投資する」p139 最後の賢者「誰より感謝の言葉を多くする」p202(※67)

 

(※67 各項目の理解を進めるために、前掲『賢者の書』の賢者の教えを参照されたい。)

3-4 職業人としての行動基準 (社会人として守るべき基準・ルール)

3-4-1 権利擁護~互いの瞳を見て唱和する

 平成28年7月26日未明、相模原市の津久井やまゆり園で、元職員が施設入所者19人を殺害し、27人を負傷させるという事件が発生した。加害者は虐待をするために施設職員になったのではなく、施設で働くうちに「保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」と感じるように変化していった(そのように変えていった)のであろう。加害者が光明会の施設職員であったならば、と考えて、組織をどのようにするかが管理者の使命として問われている。(※68)

  1. 法人職員は、障害福祉の専門サービスの提供にあたり常にお客様の現在から将来にわたるすべての権利と義務とを擁護する使命に基づいて「緊張感」を持たなければならない。この緊張感は「仕事がある充実した人生」という言葉にある「充実」の中身の一つである。充実とは緊張感があることである。
  2. 法人職員は、常に職務のいたるところで虐待・ネグレクト(無視・放置)に陥る危険性があることを自覚し、言葉遣いや表情、行動など全般にわたり慎重かつ丁寧に職務に臨まなければならない。理由や状況を問わず虐待をしてはならない。障害者だからクレームの当事者になれるはずがない(ごまかせる、言い含められる)という障害者差別からの脱却のために、だれもが必要なトレーニングに常に努めなければならない。
  3. 法人職員は、「緊張感」を維持するために顧客応対のとき『3つの視線を意識する』ことを心がけよう。
    3つの視線を意識するとそれまでと同じ応対ができなくなるならば、障害者差別をしていることになる。常に自省する心が不可欠である。
    「お客様の家族の目」 「今、その声かけや応対をはじめとする支援はそのお客様のご家族の前でも全く同じにやれるだろうか」と意識しよう。ご家族の前でやれないことを、親の目の届かない本人に対してやっているならば、それは差別である。
    「支援専門職としての仲間や後輩、上司の目」 「今、その声かけや応対をはじめとする支援は、支援の専門家として誇れるものであるか。また仲間や上司、特に福祉の仕事に夢を抱いている新人職員にとって参考になり、また手本になる支援であると胸を張れるだろうか」と意識しよう。
    「自分の家族の目」 「今、その声かけや応対をはじめとする支援は、自分の家族の前でもできるだろうか。自分の配偶者や子どもに対してこれが自分の仕事だと誇れるだろうか」と意識しよう。
  4. 法人職員は互いに注意し合う仲間意識が求められる。お客様に対する大声の指図やにらみつけ、一方的に決めつけた言動は明確な暴力・虐待だから、見て見ぬふりは許されない。見て見ぬふりはお客様に対するネグレクトの一形態である。つまり見過ごすこともまた虐待である。「障害者虐待防止法」(※69)は、施設職員等による障害者虐待の現場を目撃し、または虐待を受けたと思われる顧客を発見した時は速やかに実施機関市町村の「障害者虐待防止センター」への通報義務を定めている。この場合、所属長等上司に報告することなく、直ちに通報しなければならない。この通報は、虚偽、過失による場合を除き、守秘義務の適用除外とする。通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な扱いはしない。
     虐待とは「手間暇を惜しむこと」である。自分の時間と気力を大いに提供する「手間暇をかける」支援こそ虐待決別の一手法となる。
     法人職員は、権利擁護に関する使命を常に果たせるよう笑顔ミーティングにおいて「倫理規定」を毎日唱和する。
社会福祉法人光明会の職員は、3つの目を意識しよう。

 今の私の対応と、顔つきを見せられるだろうか?

     
  1. お客様の家族に。
  2.    
  3. 支援専門職としての仲間や後輩、上司に。
  4.  
  5. 私自身の家族に。

 日本一の心優しいサービス精神で、最高の笑顔を届けるのが私たちの仕事です。」

 (最後の一文を唱和するときに自分の最高の笑顔を作るよう意識し周囲の仲間と瞳を合わせること。無表情や疲れた顔を職場に持ち込むな。)

 また美しいしぐさ、ていねいな言葉づかい、優しいまなざしを身につけるために「天国言葉」(※70)を唱和する。平常心の維持に気を配り、怒り、悲しみ、諦め、怠惰な感情の振幅をできるだけ少なくしていこう。

愛してます   ついてる    うれしい    楽しい
 感謝してます  しあわせ    ありがとう   ゆるします

 「自分の機嫌くらい自分でとる」ことを心がけよう。他人に顔色を読まれ、機嫌をとられるのは「無粋」なことである。人に好かれることよりも人を好きになることを志向しよう。「人と仲良くする」とは、好きでもない人と仲良くすることを目指すことである。自分の家族や子どもだけに愛情を注ぐ姿勢は利己的である。

(※68 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」は、平成28年12月8日報告書を公表した。その中で、容疑者は施設の元職員。施設の職員が、心身ともに疲弊して孤立することなく、やりがいや誇りを持って働ける職場環境づくりが重要、権利擁護の視点を含めた職員研修の更なる推進、処遇改善や心の健康管理面の強化等による職場環境の改善、偏見や差別意識を払拭し「互いに人格と個性を尊重しながら共生する社会」の実現に向けた取組を進めることが不可欠、障害者の地域移行や地域生活の支援の重要性を指摘した。)

(※69 「障害者虐待の防止、障害種の擁護者に対する支援等に関する法律」では、障害者虐待の類型は、①身体的虐待、②放棄・放置、③心理的虐待、④性的虐待、⑤経済的虐待の5つとし、障害者虐待防止のスキームとして擁護者、障害者福祉施設従事者等によるものは、虐待発見者による市町村への通報、また使用者(障害者雇用企業)によるものは、虐待発見者による都道府県または市町村への通報を定めている。

(※70 斎藤一人さんの教えである、言っているあなたも聞いている人も幸せになってしまう言葉。天国言葉を1日10回、100日間言うと、天国言葉に慣れて日常生活に素敵な奇跡が起こり始める。)

3-4-2 爽やかな身だしなみ~めいろうルック

唱和する倫理規定にあるとおり「最高の笑顔を届けるのが私たちの仕事」であるから、他人に好感を与える笑顔づくりと身だしなみとマナーを確実に獲得できるよう取り組む。身だしなみについては『ディズニールック』(※71)にならい「めいろうルック」を規定する。

(※71 東京ディズニーリゾートですべてのキャストに求められている身だしなみのルール。採用時から示される。https://www.castingline.net/disney_qa/disneylook.html)

3-4-3 リーダーの意思決定基準

 リーダーの姿勢は、後輩のために尽くし努力するところに力点が置かれなければならない。他人の学びに奉仕することが学びの本質であるから、後輩や仲間の育成に手間暇(時間と気力)をかけることがリーダーには求められる。
 リーダーの意志決定基準を3つ示す。

公性に適うか 世のため、人のためになっているか
あえて苦しい道か 自分にとって(部下よりも)手間暇がかかるか(※72)
責任を負えるか 公明正大に生きなければ、死後も責任はとれない

(※72「多くの人は給料を「自分に対する評価」だと思っている。会社の財力や他のまじめに働いている人の頑張りに保障されていることに気づかないと「当然の権利」だと考える。どんな働き方をしても貰える額が同じでも、純粋に仕事を一生懸命やることに生きがいを感じる人がいる。同僚の不足分を補う働きができて、それを自分の手柄にしない人が上に立つ人の資質である。(前掲『手紙屋~僕の就職活動を変えた十通の手紙~』pp79-81)

3-4-4 SCSE

 業務遂行上の判断における優先順位は「SCSE」(※73)を採用する。

優先順位 光明会としての定義と説明
 安全性
[SAFETY]
常にお客様の安全性の保証が最優先である。安全を守るのはその場にいる法人職員の判断と行動である。この目的のためには、職制や職務指示系統を超えなくてはならない。お客様の安全を守る姿勢が法人職員の安全をも守る。安全な場所に安らぎが生まれる。
 礼儀正しさ
[COURTESY]
礼儀正しく丁寧であることは、おもてなしの基本である。各事業所を利用されるお客様の身になってサービスを提供すること。相手にとって安心と親しみを感じるホスピタリティマインドが必要であり、それはあたかも自分の部屋に親友を初めて招くときのような心配り、気配りをすることである。温かいコミュニケーションは複数の手段(電話や手紙、訪問など)を積み上げることで作り上げられる。
 ショー
[SHOW]
お客様の人生をショーと見立てるならば、キャストである法人職員の使命はお客様に気を配り心を込めて尽くすこと(裏方に徹すること)である。期待を込めて光明会を利用するお客様の光輝く人生を支えるために、身だしなみや立ち居振る舞い、施設清掃などを整えて最高のパフォーマンスの提供に毎日真剣(一期一会の心)でなければならない。人生の舞台の中央にいる主役はお客様である。
 効率
[EFFICIENCY]
支援業務の効率化が法人運営の効率化や収益性の向上につながると思い込みやすい。しかしお客様の安全を心がけ、礼儀正しく、真剣な気配りを提供していくことを優先すべきであり、結果として私たちの信念に基づくサービス(仕事道・人生指南)の効率を最も高まる。法人経営や職員の都合をお客様の幸せに優先させてはならない。

(※73「ディズニーテーマパークでは、Safety(安全)、Courtesy(礼儀正しさ)、Show(ショー)、Efficiency(効率)という4つの行動基準を設けています。
 この4つの鍵を、それぞれの頭文字をとって“SCSE”と呼んでおり、これらは優先順位の高い順に並んでいます。“SCSE”の優先順位を守り行動することによって、ゲストにハピネス(幸福感)を提供することができます。」株式会社オリエンタルランドのHP パーク運営の基本理念より引用 http://www.olc.co.jp/tdr/profile/tds/philosophy.html)

3-5 顧客焦点 (顧客との関係づくりのあり方)

3-5-1 顧客支援の見立てをデザインする責任と権限

 1-3項のアダム・スミスの言葉(※3)にあるように、お客様の幸せを喜べることがわれわれの幸せの本質である。お客様に張りのある人生を感じさせるための深い思考と実践の積み重ねが担当職員の人間性と人徳を高める。縁あって自分が担当するお客様を幸せにする道を自分自身でデザインする権限が法人職員にはある。
 このように自らの役割に誇りを持って行動する職員の美しい生き方(働き方)をお客様は尊敬するのである。その上で「お客様がまさに仕事をしている時」のタイミングに合わせてお客様にメッセージを発しよう。メッセージカード・手紙を渡そう。このときが手業を発揮する最良のときである。
 顧客ニーズに着目するとは、平均思考に惑わされずに(※26)お客様との良好な関係を作ることである。関係が続くことがニーズに応えられていることの証明になる。
 さて、アンケートの実施や支援現場でのお客様の言動から何らかの支援の工夫の方策に気づくことがある。ただ、お客様からの不満・不安等(の訴え)の解消をそのまま支援策としてしまうのは短慮すぎる。お客様の声の背景とか、お客様が求めている真意をとらえるための、例えば再質問という関わりが展開されないうちに、思いついた支援策を採用して展開するのは性急すぎる。まず見立てをすべきである。
 お客様同士のけんか・トラブルを仲直りさせることを目的として話し合いの場を設ける、という支援はいつでも最適であろうか。意思疎通の機会が不足していたことから話し合いの機会を(指導員による外圧で)設定することで意思疎通が図られた(解決した)かに見えるので、このような支援をすぐにすることが大切だと考えがちである。しかし、なぜそのお客様は意思疎通を持たなかったのか(持てなかったのか)、なぜけんかという手段を選択したのか、その選択にはどういう主体性が見られたのか、けんか・トラブルがもたらす「成長の機会」「学びの機会」「可能性を外部に示しているもの」は何か、これらを十分に検討しないままに結論(仲直り)を求めることは成長の機会を奪うことになることに気づかなければならない。トラブル解決のために、もっと力のある第三者(お客様にとっては往々にして職員がその立場にある)の力を借りるという依存心を強めることになりはしないかと考えながら支援に当たることも必要であり、どのような変化・成長の可能性への挑戦をお客様に期待するのか、という見立てが不可欠なのである。
 職場では日常的に支援の検討がなされていなければならない。たとえ同僚とお客様の話題をしていても、またケース記録を読み返していても、自分ならばどうするか、時を経た今ならばどうするか、またはこの時の担当指導員はなぜこの支援方法を選んだのか、とその意図を探ったり、見立てをしたりしていかなければ、ケースカンファレンスにおいて自分の責任を果たしたことにはならない。

3-5-2 公文式学習 学力と人間性向上

 公文式学習において「ちょうど」の概念は非常に重要である。「ちょうど」とは、限界を求めていくことであるが、十分理解されにくいコンセプトである。「無理なく標準完成時間内で100点とれる教材がちょうどの教材である」という間違いが多い。そうではなく、学習者の限界の上昇可能性を信じて求めることである。「ちょうど」こそ自分の限界を超える条件なのである。「ちょうど+低い出発点」が基本となるが「ちょうど」は常に変化する。「その学習者にちょうど」が本人、親、指導者に思いがけない成長をもたらすのである。限界の上昇可能性を信じるには、学習者の成長・変化に気づくことが不可欠である。そのためには、何度も、じっと見て(記録して)、比較することが大切である。
 公文式学習において「ちょうど」を考えずに漫然と教材を手渡すことは、本人の成長の可能性を踏みにじる許されざる行為である。「ちょうど」は学習者に対する評価と共に学習指導者に対しても当てはまる。学習指導者が自らの限界に挑戦しているかが問われるのである。(※74)
 公文式学習のプリント採点の目的は何か。出来不出来の評価に留まるならば電子化による自動採点が最適であろうし、そうすれば採点者の実務は激減しよう。
 当然ながらそうではない。採点の意義とは、学習者の「可能性への挑戦」が続いているか、を指導者が確認することに尽きる。実のところ採点業務を通じてプリントの紙面からその結果を読み取ることにとどまってはならず、むしろ教室内における学習者の態度・立ち居振る舞い、言葉遣い、表情、息づかいなど全身からにじみ出るもののすべてから挑戦する姿勢を直接読み取らなければならない。あくまでも学習者の態度が基にあり、その結果がプリントに現れるのであるから、基となる学習者の態度にリアルタイムで接することが本当の意味での「採点」なのである。だから後日の採点、教室外での採点は成り立たないのである。
 さらに言えば、学習者の態度(もちろんプリントから読み取れることをも含めて)からもっともっと可能性発展への挑戦を引き出すにはどうするのか、という学習支援の見立てと方針(公文式学習では「見通し」という。)が思いつかないようでは指導者としての役割を果たしていないことになる。このことの自己点検は「採点がおっくうであると感じていないか」、「教材セットが面倒であると感じていないか」を自らに問うことで行うのである。
だれもが、学習支援を継続する中で疲れる。しかしその疲れを癒やすのは、学習者の挑戦する姿勢をその目で直接見たり、学習者の可能性の無限性(または展開性)を感じたりすることによるのだ、と信じなければならない。「採点に追われている」と感じるのは「可能性を見極めようとする目と意識が失われている」からである。
 「ちょうど」の概念を活用して学年を超える学習を推奨した公文公は、晩年ある雑誌の取材に答えて「1%の経営力と99%の親切心でやってきました」と言った。「ちょうど」という相手の成長をどこまでも信じる姿勢こそ公文式学習が示す自学自習の本質である。
 また公文公は、学力向上がすなわち人間性向上であることを見抜いていた。(※75)

(※74「一指導者のことば この教材を生徒にさせてみたとき、この学習法がいかにすぐれているか、すぐにわかった。わかったつもりであった。しかし、1年、2年、5年とたってみると、私がはじめに予想した学習効果より、さらにさらに高いものがあることに驚いた。これは、この学習法がすぐれたものであるだけでなく、子どもの伸びようとする力が予想以上のものであるからかもしれない。1年前よりは私の指導技術はかなり向上していることに気がつく。さらに1年たったとき、現在のやりかたは、まだまだ未熟であったことに気がつくであろう。まだ未熟なだけに、私の教室にきてくれる生徒に「他のどの教室に行ったよりよかった」と言われるようになれるとまでは思わないが、少なくとも、自分の教室にきたために損をさせたということがないように、見学、研修に励みたいと思う。」日本公文教育研究会『公文公会長の思想から公文式の本質を考える(公文公会長思想解説書)』2014 p26)

(※75「ちょうどのことを自習で積み重ねていくこの方法によって十分に高い学力を身につけると、その学力が自信と余裕を生み人格的にも立派に育っているということが現実の姿として示された」前掲p60
「読書こそ自学自習の基礎となるものであり、さらに幅広い読書が人格教育には不可欠なものであると考えていました。公文会長が考える人格教育とは「子どもたちが社会の仕組みや人生がどうあるべきかについてよくわきまえ、自分が社会に役立つためにどう生きていくべきかという人生観を確立できるようにすること」です。」前掲p62)

3-5-3 「褒める」ということ

 褒める、育てるとは、相手に誇りを持たせることである。褒め方や育て方が良き方向に向かっているかどうかは、誇りと自信に満ちた行動が相手に生まれるかで判断する。1-6項で示したとおり、子どもの可能性を信じるメッセージを発するときに、知的能力や才能を愛でる褒め方は控えるべきである。子ども自身の特性や成果を上げたスピードや完璧さではなく、努力して成し遂げたことを褒めるべきである。こつこつと努力を続けている姿、立ちはだかる大きな壁から何かを学ぶ姿こそが、自分は変わるという成長に挑戦する勇気をもたらす。
船井幸雄氏は「部下の欠点なんて見えなくなるもの」「部下の長所が見えないうちは叱ってはならない」と語ったという(※76)。相手の欠点が見えているうちは先生ではない。実際、相手の長所(卓越している点)に目を奪われ感嘆するその瞬間には欠点が見えなくなる。船井氏のいう「長所伸展法」とは、相手の絶対の長所(役割)を探すことであり、長所を発見するのは、相手の長所に学ぶということが真意である。
 また、佐藤芳直氏は「長所と短所とは裏表の関係ではない」という。欠点の反対側(裏側)に長所があるわけではない。相手の短所に目を向けていながら、言葉だけポジティブに言い換えた(たとえばぐずぐずしているのを「慎重な性格だ」と)ところで、それは卓越した長所だと得心していないから、それを口にしても相手は褒められたと感ぜず(※44)、相手に誇りと自信を持たせることはできない。
 また「小さなことを見つけて褒める」という考え方もよくない。「小さなこと」くらいしか長所が見つけられないということは、裏を返せば欠点がたくさんあると認識していることになるからである。あくまで「卓越していることを褒める」ことが大切なのである。
 このような卓越している瞬間や卓越している努力の姿勢は誰にもある(※77)。その卓越した点に気づけないほど関係が熟成していないときには、相手を指導し、指南する段階には至っていないと心得よう。このような薄い関係の中で行われたアセスメントに基づく個別支援計画に本人のニーズに応える力は存在しない。

(※76「「長所だけを見ようとすれば、いつか決定や短所など見えなくなる。見えなくなるんだよ」いつまでも、その部下のことを心にとどめるように……」佐藤芳直『未来をひらく船井幸雄の法則』徳間書店 2010 p57)

(※77「「認める」とは、他人との比較ではなく、その子が以前よりどれだけ伸びたかをよく見て、その努力を認めるということです」日本公文教育研究会『生きる力 教育が未来を創る』2013 p40)

3-5-4 教えることの真意

 現場での経験を積み重ねれば、その仕事を他人に習得させる指導方法が自然に身につくわけではない。教えることは日常業務とは別に修得しなければならない。他法人との職員交換研修は指導方法の修得を目的とする。
 指導とは「今までの体験や、知っていることを伝えるのではなく、自分たちが日々突きつけられていることに挑むそのプロセスを提示すること」「放っておいても育つが、ほったらかしにするのではなく、半分見て気にして気にかけていて、半分試行錯誤に任せる」「問い方のマジック(ワナ)が存在する。どちらかと聞くと、思わずどちらが正しいか考えてしまう。やり方に頼りすぎず背後にある考え方や自分のあり方について深めていかなければならない」「やり方を絶対視するのではなく「なんか違う気がするな」という小さな違和感を見つけたら、そこからの行動がとてつもなく重要だから、丁寧に掘り下げ取り組んでいく」「『すべての体験が教育的であるとは限らない』(ジョン・デューイ アメリカの教育哲学者)から、人はあらゆる体験から学ぶものではあるが、教育的な体験の目的と目標を相手の状態に合わせて作るのが指導者の役割」である。(※78)
 人が成長するということは、自分の考えを変えることである。「自分の考え」とは、①ものの見方、②評価する考え方、③それに対する行動、であるから、それはすなわち「自分のあり方」のことである。自分の考え方を変えるために、組織内においては、職員間の壁を下げ、人の話に耳を傾けるのである。

 人に教えることで、自分自身の学びが深まるのは真実である。障害者でなければ教えられないことがある(直接障害者からしか学べないことがある)から、先輩利用顧客が、後輩を育てる仕組み「教えるプログラム」を作り上げることが今後取り組むべき課題である。

 人間は常に成長変化しているので、昨日の課題と今日の課題とは同じではない。昨日までの支援の成功がそのまま今日以降も使えるからベテランの経験が貴いのではない。過去の成功事例をそのまま適用できないことを前提として、常に目の前の様々な能力のある方々に向き合い続ける姿勢が衰えずに維持できているからこそベテランである。自らの経歴の中で積み重ねられた数多くの失敗を「経験」とするからベテランは存在するのであるが、その失敗を通じて得られた数々の「経験」を見守ってくれ、その機会を保障してくれた周囲の様々な人々(特に失敗を許してくれた利用契約のお客様)に感謝すると共に、自分に保障された以上の機会を後輩に保障し見守るのが真のベテランである。
 後輩の失敗を許さないことを「教育・指導」と勘違いしてはならない。常に変化する顧客ニーズに応える上で、期待に応えられない不調を皆無にすることを求めてはならない。少なくとも自分自身に課すことはともかく、他人に求めてはならない。誰にとっても挑戦する勇気は大切な価値である。

 また、教わる力(学ぶ力)がプロの力の本質である。様々な能力のある方々に何を教えるかではなく、何を学べるかがプロの力の本質である。自分が与えたいものばかり磨いてもだめである。相手が欲しがるものに焦点を当てよう。だから他人の思想に触れる読書が不可欠になる。自分が手にするものの量でなく相手に与えるもものの量で幸せは決まる(※28)のであるが、しかしそれは与えたいものの量ではなく、相手がほしがる量である。
 教えることの本質は、相手ではなく自分にある。すなわち、教えるとは、教えられた者の学びではなく、教えた者自らの学びである。
 教えることで「自分」は学べる、教えなければ「相手」は学ぶ(※79)。だから教えること自体は相手のためなく、自分のためである。であるからこそ、学ぶ目的は、いつでも相手のためとしなければならないのである。

(※78 岩瀬直樹 寺中祥吾「せんせいのつくり方」p2,pp88-93旬報社2014 プロジェクトアドベンチャージャパン「グループのちからを生かす」みくに出版2013)

(※79 「大人は子どもに対して、どうしても「危ない」「気をつけなさい」と言葉をかけてしまいますが、実は子どもは教えなければ教えないほど学ぶものなのです」加藤積一『ふじようちえんのひみつ』小学館 2016 pp39-40)

3-6 美しい生き方 (光明会職員に求められる生き方)

3-6-1 美しい流儀としてのライフスタイル

 美学は人間性の成長によってのみ変化する。われわれが日常の仕事の中で追求する生活支援、人生指南とは、人生の美しい流儀を身につけていただくことが目的である。縁あって光明会の事業所で出会った様々な能力のある方々には、人生の美しい流儀を身につけて巣立って欲しいと願うものである。光明会職員もまた美しい流儀で人生を過ごして欲しい。
 美しい流儀は「価値」である。人間は自分の成長を確信するものに価値を感ずるものである。
 美しい流儀を身につける良き習慣とは、いつでもやり抜くこと、いつでも完璧を求めることである。このことに価値を感じる感性は、知識・情報のインプットだけでは得られない。感性は「知行合一」を通じて行動を経ないと育たないからである。
 法人職員のライフスタイルの美しさが求められる。たとえ職務上のライセンスは一緒でもライフスタイルが異なれば美しさは異なる。たとえば学校の先生は誰でも教員免許という同じライセンスは持っている。しかしその人となりは皆異なる。車を運転する人も自動車運転免許は誰もが持っているが運転マナーは皆異なる。
 社会福祉法人の職員もライセンスの所有以上にライフスタイルが職務の質を決めるととらえるべきである。このライフスタイル(自分の生き様)を後世に伝えていく準備として、光明会の良いところを語り合うプロセスを大事にしよう。
 美しいライフスタイル・人生の流儀には、メンタルヘルスの維持が不可欠である。ストレスはすべて避けるべきものではない。筋力は無重力状態では退化するように適度なストレスもまた大切な気力の素となる。そしてストレス剛性を上げるために重要な要素が「睡眠」、「食事」、「運動」、「気分転換・仕事のON-OFF」である。この要素を十分に含んだ規則正しい生活が人生の美しい流儀の条件である。

3-6-2 人間性の向上こそが優れた技術を生む

 弟子が師匠から学ぶのは立ち居振る舞いである。仕事では人のために真剣に時間をかけて丹念に尽くしたかのプロセスが見える結果をつくらなければならない。結果のレベルを高めるに「些事に気づくほどの徹底した気配りをする目」を養わなければならない。そのために立ち居振る舞いを正すのである。そのための修練となる「道」は日本伝統の文化の中にこそある。
 人間性の高い立ち居振る舞いを見せること(あるいはそこから学ぶこと)でしか周囲の人に影響を及ぼし人間性を高めることはできない。人間性の向上が優れた技術を生むのである。
 人間性とは、また心の鏡のことである。(※80)

(※80「人間は誰でも心の中に輝く鏡を持っている。鏡が輝いていれば、世の中の出来事や人間の心がそのまま歪まずに映る。人間が邪心や欲望などを持って鏡を曇らせれば、鏡の中に人の心や社会の状況が決して正しくは映らない。人間は自分の心の鏡を始終磨くことが大切だ。毎日生きている中でいろいろなことに遭遇したときこれを受けとめる自分の心は輝いているだろうかと振り返り、曇っていれば汚れを拭い去って、心の鏡をぴかぴかに光らせて対応していくよう努力する。」(童門冬二『内村鑑三「代表的日本人」を読む』PHP研究所 2007 pp192-193)

3-6-3 常識の殻をやぶる

 美しい生き方とは、何ものにもとらわれない生き方である。自分の役割を果たすとき、向かい風を感じる。しかし向かい風は上昇のためには不可欠であるから、避けるべきものではない。向かい風を避けて風下へ流されては成長は期待できない。
 私たちが日常従っている常識の中には、その殻を破るべきものがある。(※81)

  1.  「幸せは人との比較で決まる」という常識の殻は破ろう p133
     成功なり幸せなりの基準は自分で決める。他人と比べなくても昨日の自分より一歩でも前進しようと努力しているとき、人は幸せを感じるようにできている。
  2.  「今ある安定が将来まで続く」という常識の殻は破ろう p140
     自分の力では変えられないものをあてにして、それが安定しているという前提のもとに人生設計をしてはならない。自分の健康もしかり。本当の安定は、自分の力で変えられることを変えようと努力しているときに得られる心の状態である。
  3.  「成功とはお金持ちになること」という常識の殻は破ろう p152
     お金を行動基準にはしない。お金がないから始められない、お金があるからうまくいく、というようなお金の有無にとらわれずに、やりたいことを行動基準にすれば生きていることがうれしくてしかたがないほどの幸せな人生が訪れる。
  4.  「お金を稼ぐ仕事の中にやりたいことを見つける」という常識の殻は破ろう p190
     やりたいことは、自分がやったことのあるものの中からしか生まれてこない。時間をかけて真剣に取り組み、工夫を重ねた経験のあることの中からしか、自分が一生かけてやりたいことは生まれてこない。
  5.  「失敗しないように生きる(挑戦から逃げる)」という常識の殻は破ろう p199
     誰よりも多くの成功を手にした人は、誰よりもたくさん挑戦した人であり、誰よりもたくさん失敗を経験してきている。失敗の経験が少ないとプライドが高くなり、ますます挑戦する勇気をなくし、幸せな人生をも失ってしまう。そもそも失敗などない。挑戦したことによって手に入る経験はすべてが財産である。
     常識の殻の外に出て、新しく成功者の常識を身につける具体的な方法は本を読むことである。

(※81 各項目のページ番号は、前掲『上京物語 僕の人生を変えた父の5つの教え』の引用部分)

3-6-4 ファンクショナル・アプローチ

 ファンクショナル・アプローチとは、現在発生している状況・現象を結果ではなく手段としてとらえる。現象の発生には、原因があるのではなく、目的があるはずだと考える。その目的を達成するためにとった手段に不具合があれぱ、原因を探るのではなく、目的に向かう手段を変えるべきであると考え、本来目指している理想の姿(目的や役割)とらえ続けるために「何のために」「誰のために」を問い続けるという思考法である。(※82)
 20世紀の三大管理技術とは生産工学(Industrial Engineering)、品質管理(Quality Control)、価値工学(Value Engineering)である。(※83)

  生産工学 品質管理 価値工学
開発年 1900年頃 1920年代 1947年
開発者 テーラー、ギルブレス、ガント シューハート、デミング、石川磐 マイルズ
目的 能力の向上 品質の向上 価値の向上
適用方法 計測によりムリ、ムダ、ムラをなくす 統計分析により不良品をなくす 目的追求により代替案を創造する
管理対象 動作 現象 機能
主な技法 動作分析、標準時間 QC7つ道具 FAST

 光明会において、例えば、作業指導上に活用すべき動作分析は、生産工学の知見であり、継続的改善は、品質管理の知見がそれぞれ活かされている。プロジェクト管理においては、品質管理に加えて価値工学の知見を活用していこう。

(※82 横田尚哉「第三世代の経営力」致知出版社2015 p151,p156)

(※83 同「ワンランク上の問題解決の技術」ディスカバー・トゥエンティワン 2008 p168)

3-6-5 書斎のすすめ

 「身体同様に心もお風呂に入ろう。心のお風呂とは書斎である。人生を変えるような、つまり自分の価値観、大切なものは何かを変えるような本との出会いは何事にも代えがたい。
 幸せの要素・条件は生まれた環境、才能ではなく、習慣である。読書の習慣がある人とない人とでは、人生において感じ取る幸せに大きな開きがあると同時に、周りの人を幸せにする能力も報酬も大きく異なる。読書は自分の世界を広く、深くしてくれる。それぞれの人生で大きな壁を越えた経験者は本の中にいる。持って生まれたマイナスこそが人生でプラスになると気づく瞬間がある。自分の人生に足りないものは、マイナス・危険・逆境とさえ思えるときがある。本を読んで「自分もそうなりたい!」と強く願った時点で、その人の志を受け継いだことになる。
 また本で多くの言葉を知ることができる。言葉は思考をめぐらすツールである。別の言葉で思考すれば、いろいろな感情や体験に対する自分の反応は一つではなくなる。どう反応するかはどれだけ言葉を知っているかと無関係ではない。
 すべての人が、それぞれの役割で生まれてきたならば、読書は自分以外の人のためにするのだ。江戸時代は、自分のためでなく世のため人のために成長する目的で学問をした。だから、命を投げ出すほどの精神性の強さを読書によって磨き身につけた。一人の人間が変わることで未来は大きく変わる。素晴らしい本との出会いで人生はもっと素晴らしくなる。」(※84)
 そのために、自分の読書計画、自分の書斎計画を作ろう。自分のためでなく誰かの幸せのために本を読む習慣の第一歩のために一冊を見つけに書店に行こう。書店に行く習慣がなければ、読書の習慣は身につかない。
 読書は見たいテレビを消し、飲みたい酒を飲まず、友や家族との語らいの時間を削り、読みたい本に替えて読まなければならない本を手に取り、眠い目をこすりながらするものである。いわば自分の命の時間を本の著者の命と置き換えるものでもある。この体験を通じて学ぶ悦びもまた私たちのお客様にぜひ伝えよう。
3-3-1項に挙げたように、自分の心の中に生まれた学ぶ悦びや熱い情熱、やる気も磨き続けなければならない。心にも埃がかぶる(※55)。人生観が変わったような感動を読書で得ても、そのまま放っておいたらいつかは失せる。やる気を磨き続けるために、本を読んで(input)感じたこと、気づいたことを文字でも図でもよいから書き出そう(output)。そのときに「誰かのために」書き出すということをイメージしよう。
 「万物の霊長としての人間は、頭脳が進化したから、全生物の頂点に君臨している。人間としての一番の力を磨くことをやめてはならない。一生自分の好きなことをやって生きていく強さが欲しければ、頭を鍛え続けなければならない。」(※85)
 「心の中で何を考えているかで人生が決まる。常に心は積極的に明るく前向きにしよう。多少のことでは、明るさや前向き、積極性を失わない心の強さを身につけよう。心も毎日のトレーニングが必要である。筋トレも一日では効果が出ない。リバウンドもある。維持のためにもトレーニングの継続が必要である。心のトレーニングもまたしかりである。」(※86)

 

(※84喜多川泰「書斎の鍵」現代書林 2015)

(※85 前掲『上京物語 僕の人生を変えた父の5つの教え』pp180-182)

(※86 前掲『上京物語 僕の人生を変えた父の5つの教え』pp183-189)

3-6-6 心豊かな暮らし

 平成27年3月から毎月1時間実施している「光明木鶏会」(人間学誌『月刊致知』の記事を読んで感じたことや行動の決意などを述べ合い、互いの美点凝視を通じて心豊かな人間関係を愉しむ会)は、日本の歴史観、人生観をはじめとする様々な価値観に学び、仲間とともに自らの志を磨き、心豊かな暮らしを法人職員が享受することを期待して行うものである。『月刊致知』の読者は全国で10万人を超え、社内木鶏会も全国で1千社を超えている。
 歴史学者のトインビーは「12~13歳までに民族の神話を学ばなかった民族は必ず滅びる」という言葉を残し、自国の神話・歴史を学ぶ大切さを教えてくれる。このことから導かれることは、民族の永続には「理想を失わないこと」「すべてを物の価値に置き換えて判断しないこと」「自国の歴史を失わないこと」の3つが不可欠であるということである。『月刊致知』はこの3つの人間学に関する得がたい貴重な情報が満載である。資源がなくても工夫で世界に冠たる日本を目指した先人、そして現代に生きる人々に感謝して生きるために「光明木鶏会」を大切な1時間としよう。

3-7 組織に貢献すべきこと

3-7-1 励まし合う組織

 仲間をよく知るために手間暇かけよう。惜しみなく自分の時間と気力を使おう。自分の作業遂行のためには、仲間と過ごす時間は無駄なことだと感じる心根を「身勝手」という。そのような身勝手な自分に対しても職場の仲間は敬意を払っていることに気づき感謝することから、自らの成長を始めなければならない。仲間と協力せずにたった一人で職務を果たしたいならば、組織に所属してはならないだろう。自らが果たすべき役割を自覚して初めて組織人として貢献できるようになる。職員親睦会や内部研修では、力を合わせて盛り上げよう。個人的な事情があって参加できないときでも仲間への感謝を忘れてはならない。

3-7-2 最高の仕事ができる環境~3つの質問

 世界最大級のアルミメーカーアルコア社のオニール元会長は、ドラッカー直伝の会社評価法を実践し、労災ゼロを目指す中で高い業績を上げた。その会社評価法は次の3つの質問に社員のどれだけがためらいもなしに「イエス」と答えられるかというものである。
 「あなたは敬意をもって遇されているか?」
 「あなたは貢献する上で必要な教育訓練と支援を受けているか?」
 「あなたが貢献していることを会社は知っているか?」(※87)

 お客様に対しても同様である。お客様に対して3つの質問をした結果、お客様が敬われ、教育訓練と支援を受け、貢献していることを知られているとためらいもなしに「イエス」と答えたならばよい施設・事業所と判断できる。
 ドラッカーは「事業を成功させるには、最高の仕事ができる環境をつくらなければならない」という。
最高の仕事ができる環境とは次の3点である。

  1. 経営者が3つの意識を持っていること、すなわち上記の3つの質問に「イエス」をもらえること
  2. すごいエネルギーのある仲間がいること
  3. 自らの使命と組織の使命が共存していること

 そのうえで法人職員は、自ら「何をもって貢献すべきか」の問いに答えなければならない。「もし、いま福祉現場に入職していなかったとして、福祉現場に入職しているか。入職していないとするならば、いまそのことについて何を行うべきか」と。(※88)

(※87 エリザベス・イーダスハイム『P・F・ドラッカー 理想企業を求めて』(原題:THE DEFINITIVE DRUCKER)ダイヤモンド社 2007 pp140-142)

(※88 前掲書 p221)

3-7-3 研究レポートと資格取得支援の真意

 支援のあり方を人としての根源的な愛情を基に理解し、その実践によって得られた知見に基づく試行錯誤をすることが欠如すると、不十分・不適切なお客様対応を引き起こし、その結果、権利侵害を生む。日常的な学びの姿勢と、仲間の学びを尊敬し賞賛する姿勢が法人職員のあるべき姿である。
 学びは自発的になされるべきであり、仕事もまた自発的・能動的な取り組み(行動)によって、法人職員に必要な力量(深化のレベル4)(3-2-2項)が修得されるのである。

 すべての法人職員に、年2回の研究レポートへの取り組みを奨励する。最高の仕事を求める姿勢(研究レポートはその一つの方法である)が法人職員には求められる。優秀な研究レポートの成果は「明朗研究研修会」等において全職員で共有する。研究レポートの成果により、本経営方針の内容の多くは構成されている。研究レポート作成への取り組みは将来の光明会、地域コミュニティ、日本の福祉をつくることにつながっていることを明確に意識されたい。
 すべての職員を対象として組織の成長に向けた変革をもたらす「日帰り合宿」(テーマは「履歴書を書く」を予定)を平成30年4月に実施する。
 またさまざまな外部研修(職員交換研修、視察研修や海外研修を含む)や内部研修を受講する機会が与えられる。なお、外部研修が修了したときは研修先・視察先に研修により得られたことを明確にした礼状を差し出すことを必須とする。(キャリアデザイン部が所管する)
 3-6-5項に示したとおりアウトプットはやる気に磨きをかけ続けるためにも不可欠である。アウトプットは、インプットの量に比例するので、法人職員による情報発信(アウトプット)を求めるからには、情報インプットの機会(書籍購入費の補助、推奨資格の取得費用の一部補助、資格取得休暇)を保証する。
 1-3項でも触れたとおり、資格取得は手段である。目的を見失ってはならない。光明会は、資格取得を目的とする職員を支援するのではない。人としての使命を果たすことに挑戦する意志と継続する姿勢を評価し支援するものである。
 資格取得に限らず、研修参加、読書に自分の命(時間と財産)を捧げる職員を評価する。

3-7-4 目標の可視化 自分の教科書の活用

 私たちの目の前にいるお客様を幸せにするために法人職員自らが幸せにならなければならない。生活のみならず思考や発想までもが貧困では、とうていお客様に幸せを届けられない。何をやり抜きたいのか、何を極めたいのか、このような自問自答を通じて一人ひとりが自らの使命を明確に認識しなければならない。組織の使命である社会貢献と自らの使命との共存を見極めることが大切である。
 人は周りの人に尽くし豊かにしてあげたいと真摯に生きた結果、自分も豊かになれる。したがってもし法人職員が幸せでないとすればそれは社会に貢献できていないからであり、光明会もまたその使命を果たしていないことになる。
 自分の使命を見つけ、今年度の目標を設定したら、文字など目に見える形で常に無意識領域に届けよう。目標は紙に書くことによって達成される。文字を書くことは人間だけが持つ能力であるからその強みを活かそう。
 毎年12月に実施する「目標設定ワーク」では2つの「ライフリスト」(※89) を作成し、それを基にすべての法人職員は「自分の教科書」を作成し、1年間の自己キャリアデザイン計画を立案しその達成に取り組むものとする。「自分の教科書」には自分が周りの人のためにしてあげられることのうち今日できることを書いて毎日チェックしよう。またお客様からいただいたエネルギーや自分の納得できた実践なども書き込もう。自分の教科書とは、自分の満足の履歴書とともに、周りの人との喜びの共有の履歴書である。「自分の教科書」とともにあなただけのオリジナルの人生を歩もう。

(※89「①自分の人生において手に入れるもの「一つ目のライフリスト」を書き出す。自分自身を知るためである。②人から何かもらうことがあるとすれば、先にその人のために何かしたときだけであるから「一つ目のライフリスト」を実現するための具体的な行動「二つ目のライフリスト」を書き出す。具体的な行動は「将来、いつかは」という言葉を使って逃げずに、今日できることを考えて行動する。」前掲『君と会えたから……』p41、p63)

3-8 光明会のキャリアデザインの本義

 光明会の最高の財産は人である。そして組織内に留まらず地域社会の人財育成こそ組織の使命に通底するものである。この役割は全職員で取り組むべきものであるが、その責任は小澤啓洋事業総括管理者が担い、キャリアデザイン部がその開発と運営を所管するものとし、次の3つの系に整理する。

コミュニケーションデザイン系 人と人との関係をよいものとし、協力関係を作り上げること
ライフデザイン系 法人職員を退職したあとをも含めて人生の豊かさを保証すること
キャリアデザイン系 光明会における職務能力・態度の向上を引き出すこと

3-8-1 キャリアデザイン部の使命

デザイン部の使命は人事に関するドラッカーの5つの問いに基づくものとする。すなわち「①われわれが必要としているのはいかなる人たちか ②最高の力を発揮してもらい、最大の貢献をしてもらうための手だては講じているか ③組織の構造とプロセスは人への敬意を反映しているか ④知識は十分に活用しているか ⑤人への投資は行っているか」である(※90)

(※90 前掲『P・F・ドラッカー 理想企業を求めて』p145)

3-8-2 所管すべき業務

(1)コミュニケーションデザイン系
 法人職員の人と人との関係をよいものとし、協力関係を作り上げるための意思疎通に関するデザインを担うものとする。具体的には、パワーアップミーティングや各種会議など職員が一堂に会しての意思疎通の場と、サイボウズ等ICT運用開発を通じての意思疎通の手段を充実させる。このほか、法人ホームページや広報紙など、外部へ向けての情報発信と意思疎通についても関連委員会とともに担当する。
 内部研修として、山口諭指導員による「オーナーシップとコミュニケーション講座」を実施する。

(2)ライフデザイン系
 法人職員としての人生の質を高め、それは職員を退職したあとも続くよき習慣の獲得を含めて人生の豊かさを保証することを担う。法人職員のライフワークを支える職場衛生委員会、書斎のすすめ、光明木鶏会、おざわ塾についても関連委員会等とともに担当する。中平裕子指導員によるキュレーター(博物館・美術館などの作品収集や展覧会企画という中枢的業務を担う専門的研究職員)としての能力や禅、茶道の修業の生き方、箱田哲朗指導員の映画鑑賞に関する経験等に力を借りて内部研修等を充実させる。
 また、職員研究レポート支援チームを組織する。

(3)キャリアデザイン系

 法人職員の採用については、採用・人事会議を置き、所管する。採用から入社後3カ月までの間の職員を対象とする研修プログラムや効果測定方法についても開発する。職務遂行に必要な技能を必ず修得するためにOJTのプログラム化をはかり、自己評価とトレーナー評価の乖離をなくすことを目指す。
 法人職員のキャリアアップのための研修やキャリアパスの設計を所管し、職員教育計画を企画し実施する。法人職員の技術・能力と態度は分けて評価することで成長を求め、法人職員としてのあり方としての態度については、獲得すべき態度のレベルを明確にして定期的評価を実施する。たとえば、笑顔や身だしなみは態度である。
 外部研修のほか内部研修(パワーアップセミナー企画)や自分の教科書支援を関連委員会等とともに担当する。内部研修として、木内正弘キャンパス長による「認知行動療法・入門編」及び「カウンセリングマインド講座」を継続実施する。
 平成30年度は、業務ハンドブック編集(法人理念、支援原則、事業(業務)の進め方、連携協力、キャリアアップを含む)を完成させるものとする。
 また、資格取得支援チームを組織する。

3-9 廃棄について

 前項で示した人財育成に組織の使命をおいた光明会の事業実践において、古くなったものを切り捨てる仕組みが必要である。(※91)
 ドラッカーの「5つの質問」(※1)に応じて、使命、顧客、顧客価値、成果、計画を明確にしつつ取り組んだとしても、顧客の価値は常に変化し続ける。新しいことを始める前に古くなったものを廃棄しなければならない。
 1-13項で示した第二創成プロジェクトにはこの体系的廃棄の仕組み作りが含まれなければならない。

(※91 「目的に合致しなくなった目標や、実現不可能であることが明らかになった目標を識別する。不十分な成果や非生産的な活動を識別する。不十分な成果に資金とエネルギーを投入し続けることのないよう、非生産的な活動を廃棄するシステムをつくりあげる」前掲『マネジメント 上』pp200-201)